第45話 壊し壊れる
(セイル先生の仇)
自分の手でと思わなくもないが、どうせこいつは捕まえて色々吐かせなきゃいけないから、ロディネが手を下す必要はないし、しない方がいい。
しかし優先順位はネロが1番ということは揺るがるがないので、ネロの回収を邪魔するなら容赦はしない。
「――ネロっ!!」
ロディネが呼び掛けると、一応多少の反応はするものの、ネロが元に戻る兆候はない。唸るネロはちらりとこちらを見るが、またすぐに蛇の悪意に反応して戦いに意識を戻してしまう。
となれば、やはり早急にネロに触れて導く必要がある。
「――レオナルド、俺はネロを導くからお前は触れる隙を作れ」
「駄目だ。あの男はお前を狙っている。先に俺があの男を倒すから、お前はあの男に近づくな」
「それじゃ遅ぇよ! 互角に戦ってるように見えるけど、ネロはとっくに限界を超えてる! 早くしないと」
「お前、何であいつの限界なんて分かるんだ」
「ネロは俺がずっと見てきたんだ。見れば分かるに決まってんだろ。先って言うならこんな事してる間にさっさと行くぞ。百歩譲って同時だ」
それでも渋るレオナルドにロディネは舌打ちした。レオナルドが協力してくれないなら他の人間に頼むしかない。数人でかかれば隙くらいは作れるだろう。
「くそ……」
誰か手を貸してくれないかとロディネは見回すが、鳶の男に対峙していた番人達がいつの間にかやられてしまっていて、誰も彼も諦めたように首を振る。
きゃいん!
そうしてる間にネロがあの蛇の攻撃をまともに食らってしまい、崩れ落ちては、また立ち上がる。わんこと揃いの唸り声を上げて、完全に暴走の状態に入っていってしまっていた。
さっきまでと違い、ただ愚直に蛇の番人や、他の敵に向かって行くようになり、単調な攻撃を繰り返している。こうなってしまえば領域崩壊が早いか、相手に倒されるのが早いかという状況だ。とにかく止めないと。
「これ以上の餌としての効果はないのか……? ならもう始末しても」
「殺すのは駄目だっつってんだろ! この馬鹿! そんなんなら助けてやるんじゃなかったよ、もう!!」
「――――ネロっ!!」
口から自分のものとは思えない悲鳴じみた声が出る。ロディネは思わず駆け出そうとしたが、レオナルドに羽交い締めされてしまった。退かせようと重心を落とすが、攻撃は読まれていて肘鉄は防がれてしまう。もぞもぞと抗っても、対処法を読まれていては、この体格差だとなす術もない。
「離せよ! 同時でいいって譲歩してんだからさっさとしろって!!」
「全然譲歩してないだろうがそれは! お前が待つと約束しなければ駄目だ!!」
確かにあの蛇の番人は強いし、ビアンカがやられる程の毒を持ってる。あの曲者の鳶の男もいるし、警戒するのは分かるが、まだ新人の部類のネロが必死で戦い続けている。
かたやこいつはアニマリートを代表する番人。苦戦はするかもしれないが、あいつらの変な能力は小塔で聞いている。余程の隠し玉がなければレオナルドならそこまで苦戦しないはずなのに、なぜ渋る。
きゃいん!
そうこうしているうちにネロとわんこの悲鳴がまた聞こえる。単調になった攻撃ではとてもじゃないがあの蛇の番人には敵わない。ネロは犬と共に蹲っている。もし毒を受けたならなお不味い……。
「――もういい。何が一番強い
「ロディ」
「もういい。黙って見てろ。死にたくなければ邪魔だけはするな」
俺は再び重心を落として、レオナルドに低出力の電圧銃を当て、反射でくの字に曲がった腹を蹴り飛ばした。腕を掴もうとした手をかわし、制止の声も完全に無視して戦っているネロの元へ走る。暴走状態でもほとんどの敵はネロが倒しているから、ネロと蛇の番人の元へはすぐに辿り着いた。
逆にこちらの番人達も皆やられてしまっていて、あの鳶の男は今フリーだ。どう動くかは分からない。だがあの変態的にはロディネとネロは生かしておきたいから、むしろネロを回復することは歓迎するだろう。
それに、長い時間戦って暴走した若い番人が回復したところであの男の相手にはならない。そしてこの状態のネロを導いたロディネも、その後きっと何の脅威にもなり得ないから、導き自体は見過ごすだろう。そうじゃなければもうその時はその時だ。
「ネロっ! もうやめろ!」
「自らやってくるとはな。多少強かろうが、この状況で導き手に何が出来る? 首を切ろうか……毒でのたうち回らせようか……腸を裂こうか……」
「この状況で導き手に何が出来るか、お前は知ってるんだろうが。ネロを今すぐ寄越すなら半殺しで許してやる」
蛇の番人はもう勝利を確信して、ロディネの調理法を考えている。こういうの、落ち人の世界ではフラグって言うんだよな。とにかくこいつは敵だし、今はただただ、導きの邪魔だ。
「ほざけ!」
「邪魔をするなッ!!」
「――ロディ!! やめろ!!」
ロディネは蛇の尾を避けて懐に潜り込み、自分の持ち得る加虐と破壊衝動を
「――っが……! これ、は……! やめろ! やめろぉぉぉ!!」
粘膜接触によらない心の内側――深層への強制侵入、それは物凄い抵抗と反発だった。導きだって自分が許可しない相手のものは拒絶反応を見せるのが通常なのに、悪意や害意が自分の内側に入ってくるんだから抵抗反発は当たり前。正直きつい。でもこの蛇の番人はネロを害し、ロディネを殺そうとしていて、セイルを殺した奴だ。
(お前は壊す)
ロディネは男の
壊し終わって意識を戻せば、蛇の番人は目を開いたままピクリとも動かない。そのままぐらりと後ろ倒れ、動く事はなかった。
「こうなりたくなかったらこいつを連れてさっさと退け。すぐ導きしてやれば、多分助かる」
何をしたと恐ろしいものを見るように、残り少ないグリーディオの面々が喚く。その中に1人だけ驚きながらも嗤っている人間がいるのは腹立たしいが、邪魔をする気はないようだ。
ロディネは自分が倒した蛇の番人の側で踞るネロに近づいた。踞って唸っているネロは、やはりロディネを認識しているようには見えないが、襲いかかってくるような様子もない。毒のせいなら急がないといけない。
ロディネはしゃがみこんでネロを抱き締め、そうっとキスをした。
…………思ったより、明るい。
暴走しているなら、もっとこう……暗い感じがあるんだけど。
守らないと。
いた。
姿や盾は見えないけれど、最悪の事態ではなさそうでロディネはほっとした。しかし、何を守ろうとしている?
守らないと。
(ネロ、何を守るんだ? )
守らないと。
守らないと。ビアンカさんを、コニィさんを、みんなを守らないと。先生がだいじなものを守らないと。
(ネロ)
守らないと。
こいつは先生にとってよくないもの。だから倒さないと。先生を守らないと。
(ネロ……)
ネロは、ただ暴走して我を忘れていたのではなかった。
ネロの心に響くのは、「守る」という強くまっすぐな意志だった。ビアンカ達に何かあったらロディネが傷ついてしまうと。レオナルドやロディネに固執しているこの蛇から、ロディネを守るんだと。
(ネロ……ネロ……! 俺はここだよ)
――なあ、ネロ。
ビアンカももちろんだけどさ、俺は……俺はもう、きっと。ネロがいなくなるのが1番耐えられない。確かに俺は一般的な導き手みたいにパートナーさえいればいいという風にはなれない気がする。でも、でもそれでも。俺にとってネロが1番なのは間違いない。だからお願いだから。どうか、どうか、戻って欲しい。
(ネロ……! )
(せ、んせい……? な、んで先生、大丈夫、ですか……っ)
(うん大丈夫。だから、戻ってきてくれ)
けぶる朝霧のような、木漏れ日のような。
まるで塔のコテージの消し硝子の部屋の中のような深層で、ロディネは自分を見つめるネロとわんこの姿と、盾を捉える。薄く薄くなって縁が欠けた盾だけど、以前の暴走のように自分を見失ったものではないし、大枠は無事だ。
約束を守ってくれたんだ。頑張ってくれたんだ。ロディネは淡い光を受けて控え目にきらめく欠片を拾って、子どものネロにしていたように、盾をそっとそっと鞣すように撫でていく。
「せんせい」
ネロの目に理性が戻り、いつもと同じつぶらな瞳の愛嬌のある顔のわんこの姿もちゃんと視える。
「――よく頑張ったな、ネロ。おかえり……!」
よかった。自分の力で助けられた。
(でも、ちょっと、無理しすぎた、かな――……)
ホッとしたロディネはネロの目を見つめて笑った。でもそれが限界で、ロディネは頭を焼き切るような膨大な負荷に耐えきれず、その場に崩れ落ちた。
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