第37話 緊急任務

 打ち合わせがてらの食事会が終わり、ネロは真っ直ぐに帰寮してそのまま真っ直ぐロディネの部屋へ向かう。ドアを叩くと、おかえりとロディネいつものようには出迎えてくれた。

 ネロが駆け寄って抱き着きたい気持ちを我慢しているのに反して、犬はかまえかまえとロディネに向かって前足をバタつかせている。

 

「おーよしよし! ちょっとは大人になったけど、お前は相変わらず可愛いな」

 

 ロディネが嬉しそうに犬を抱き上げる。羨ましい。犬は千切れんばかりに尻尾を振って、ネロを煽るようにじぃっと見ている。


(う……羨ましい)

 ただ、犬のような真似はしないまでも、普段ならネロもすぐロディネの側へ駆け寄るのだが。

 この日のロディネはいつものつなぎではなく、公安の制服を着ていた。よく似合っている。でもそういうことではない。

 何故と尋ねると、公安に応援に上からの命令で公安の応援に来るんだと言う。でもそれが何のためかなんて理由はひとつだ。

 

「何で、何でそんな、何で……引き受けてしまうんですか! レオナルドさんと関わるのも」

「ネロ……?」

 

 ああ、こんな事を言って困らせるつもりじゃないのに。

 怒るネロと対照的に、犬は先生を心配そうに覗き込み、手や顔を舐めて慰めている。

 

「……いや、上からの命令だったら、断れないですよね。……すみません。頭を、冷やしてきます」

 

 ネロはロディネの顔を見ることが出来ずに、そのまま自分の部屋へ戻り、着替えもせずベッドに飛び込んだ。

 

「うう……やってしまった……」

 

 上からの命令だって言ってたから断れないのは分かっている。しかしレオナルド絡みの話なのは間違いないだろうし、多分そうでなくともロディネは引き受けたんだろうという気がする。

 ロディネがレオナルドにそういう気持ちがあるとは、何となくだが思わない。けどそれはあくまでネロの希望的観測で、真意はどうあれロディネはやっぱりレオナルドを気にしている。

 

「俺にも精神感応テレパス精神共感エンパスの能力があればいいのに……」

 

 能力があったところで心を視る事は同意なしにすべきことではないから、結局意味はないが。それに、もしかしたらロディネ自身もよく分かってない気もする。

 犬はきゅーんと小さく鳴いて部屋のドアを見ている。戻りたい。でも今ロディネの顔を見れば、余計な事を言ってしまいそうで、戻らない方がいいと、そのまま横になる。

 

「こっち来ないのか?」

 

 そう呼んだが、犬はふいっとネロに背を向けて、ドアの前で丸くなった。本当に、ネロの心をよく表している。

 

(――ねえ先生……先生はいつでも優しく俺に触れて包み込んでくれる。それを他の番人にやって欲しくないと強く思う、この気持ちエゴもまた、先生の事が好きだという何よりの証明だと俺は思う)


 でも、それをただロディネにぶつけるのは何かが違う。それでロディネを縛るのは何か違うとも思う。

 ネロはロディネ と絆契約ボンドを結びたい。ただそうなると、ロディネは他の番人を導けなくなる。

 

 それが自分の1番の望みであることは間違いないのに、ロディネをただ縛りつけてしまうのは嫌だという矛盾。

 そのもやもやも、ぐるぐるも、シャワーを浴びて一緒に全部流してしまいたかったけれど、結局この日は寝るともなしにそのまま眠ってしまった。

 

 翌日。

 変な態度をとってしまったので朝イチでロディネに謝ろうと思い、とりあえずシャワー浴びて髪を乾かしていると、緊急の召集がかかった。

 

「先生に言うにしても時間が早すぎるな……」

 

 起こしてしまうのもあれだしと、ネロは帰ってきたら言おうと急いで集合場所に向かった。

 指定時刻の5分前ではあるものの、もうみんな集まっていてネロが最後だ。なるだけ気配を消してジーナの隣に並び、こっそり導きをして欲しいと頼むと、ジーナはそっと手を握ってくれた。

 

(ネロ、先生と何かあったの?)

(……何で)

(だっていつもなら帰寮したら絶対先生の導き受けてるし、先生の導きは完璧だもん。なのに私に導きをしてほしいなんて、そんなの何かあったって言ってるのとおんなじよ)

(う……何かあったというか、俺が、一方的に……)

(まあでもそんなに消耗してるわけじゃないから大丈夫そうだね。何だか分からないけど、今回はビアンカさん達も一緒だし、道中一緒に聞くから大丈夫大丈夫)

(それ逆に怖いな)

 

 そうこうしているうちに、今回の任務の説明が始まり、ネロもジーナもそちらを聞くために、一旦の会話を中断する。

 今回急遽招集されたのは、グリーディオがアニマリート内で拠点としている場所を、調査課が突き止めたとの事でそこへの突入、戦闘のためだとの事だった。確かに周りを見れば、ビアンカやコニィを始め、かなり能力の高い番人や導き手が招集されていて、まだ新人の部類であるネロ達は若干浮いている気がしないでもない。それにネロは少し気になることがあった。

 

「何か質問はあるか」

「はい」

 

 ビアンカが手を挙げ、公安課長が何だと発言を促す。

 

「10年以上前にも、3年前にも、グリーディオは大きく動いていたにもかかわらず、全く尻尾を掴めていなかった。なのに今回突然場所が分かったということに危険と違和感を感じます。罠ではありませんか」

 

 さすがだ。何人かが思っていた事をビアンカが代表して奏上してくれた。ありがたい。

 

「お前の勘か」

「それもありますが、それを抜きに考えてもそう思います」

「罠である可能性は織り込み済みだ」

「――公安の人間がそれで怯むのか?」

 

 課長の隣で威圧感たっぷりに立っていた管制部長が口を開いた。

 

「危険は当然あるだろうが、リスクを負っているのは向こうも同じ。こちらとしても長年悩まされている蠅を叩き潰すいい機会だ。諸君らには矢面には立ってもらわねばならんが、皆この国の護りの要である貴重な番人と導き手だ。無暗に散らすような手配はしていない。レオナルド始め特務もこちらへ向かう手筈となっているから、諸君らは先発隊と合流し、その能力を活用して拠点を慎重に探りつつ、制圧に向けて動くように。無理だと判断したら後発や応援が来ない状態で無理に戦闘に入る必要はない。そこは現場で判断しろ」

「承知しました」

「ただビアンカ、お前の勘は無視出来ん。何か感じたら、中止も含めて指示を出せ」

「はい」

「他に何かある者はいるか」

 

 それに対し声を上げる者は誰もいない。では、行けと一言部長が発し、ネロ達は敬礼を、部長と課長の答礼を合図に出発する。今回は緊急の為、列車等での移動ではなく自動車だ。ネロとジーナはビアンカ達に無言で引っ張られ、同じ車で現場へ向かう事となった。

 

「――って事があって」

「あーーそれ、クレア。絶対クレアだ。レオナルドの奥さん」

「だろうね」

「クレアが変に気を遣ってそういう風にしたんだ。間違いない」

「こら、ビアンカさん。気を遣ってそうしたの分かってるのに、それ言っちゃ意味ないでしょ」

 

 腕組みしてうんうん頷くビアンカをコニィが小さくと嗜めているが、ビアンカは肩を竦めている。

 

「ネロだって察してるし、こんなバレバレなの、もう既に意味ないと思う。そもそもロディに話を持ってく神経が分からない」

「まあ、ただでさえ能力の高い番人な上に、レオナルドは気難しいし、警戒心が凄く強いからね。正直今の状況下じゃ、ロディネかクレアくらいしかレオナルドの導きは無理だよ。能力的な話だけならコルノやアマリアでも可能ではあるけど、やっぱり性格がね」

「でも……」

 

 言いかけて、ビアンカは口を閉じた。コニィとネロだけなら普通に喋ってもいいが、ジーナもいるし車の運転手さんもいる。もごもごと不自然に黙ったビアンカに助け舟を出そうと、ネロはコニィに話を振った。

 

「コニィさんって、レオナルドさんの導きをした事あるんですか?」

「ビアンカさんと絆を結ぶ前は何度かあるよ。バディって言ったって、戦場で混戦になれば自分のバディだけ回復ってわけにもいかないし。ただね……僕はあんまり導きをするのが苦手なタイプってあんまりいなかったんだけど、彼はかなりやりにくい相手ではあった」

 

 じゃあ、やっぱりロディネにしか持っていけない話ではある。面白くないし、嫌だが文句を言っても仕方がない。昨日は早々に部屋に引っ込んで正解だったかもしれない。ロディネ自身がどうしようもないことで困らせたいわけではない。ロディネの事が好きで、ああして欲しい、こうして欲しくないと望むのはネロの都合だ。

 

「ロディはクレアには甘い。同じ相手に苦労してるから。確かにクレア自身は悪い人間ではないんだけどねー……」

 

 続く言葉は出ないうちに、車は休憩のために街で止まる。どのみちロディネと話さずに出てきてしまったので、今は任務に結局集中するしかない。それでもまた隙を見て話を聞かせて貰おうと、ネロは一旦この件を頭から振り払った。

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