第38話 姑穫

 

 車が到着したのは、国の中心と隣国の真ん中くらいに位置する、都会でも田舎でもない街で、グリーディオの拠点はその街の少し外れたところにある別荘だった。

 別荘の持ち主はこの街には住んでいない上に、不動産屋を通さずに賃貸契約を結んでいるらしい。借りて貰えて金払いがきちんとしてるなら店子は何でもいいという家主を選んだのだろう、との事だ。小塔には番人と導き手、併せて総勢50名の公安の人間が集合していた。

 

「特務が来る前に動きがありそう?」

「それを含めて罠な気もするけど……」

「ビアンカさんの勘的には」

「前の塔外訓練のときくらい」

「……それ、結構駄目なやつではないですか?」


 その言を受けて、街の小塔タレットで応援を待ったが、特務が揃うにはまだ少し時間がかかるらしい。調査課からの前情報によると、相手は総勢10名から20名くらいの規模。うち半分は導き手だと考えれば、数の上ではこちらが上だし、ビアンカ達もいて各所にベテランを張れる布陣、一見何の心配もないように思えるが、ビアンカの勘が働いているなら油断は禁物だ。だからといってみすみす逃がすのはよくないという事で、打ち合わせの結果、何かあった時の連絡体制はいくつか段取りして任務開始となった。調査課の調べ上げた見取り図と山中の逃走経路から、各場所に経験や能力を加味した人員が配置につく。確かに道中にもグリーディオの人間らしい番人がいて、交戦しつつ進むと別荘自体にはすぐ辿り着いた。街から見えるよりもかなり大きいが、個人宅の域は出ない。

 ネロとジーナはビアンカ達とベテラン2組を含む10人で、敵が逃走時に1番通る可能性の高い山手側の配置だ。「黒妖犬には逃げた時しっかり追跡して貰わないとな」とみんなに揶揄われながらだが、経験の少なさから考えて、ネロはそれが買われてここに配置されているから仕方がない。

 

「始まったみたいだね」

 

 ほんの少しだけ耳を澄ませると、各所――特に建物正面辺りで戦いの気配が伺える。聴いている感じ、苦戦してる箇所はなさそうだ。ネロは自分の持ち場周りをジーナと一緒に警戒していると、2人程がこちらに近づいてきている。

 

「あんたは……」

「あや! 子犬パピィじゃなくなりかけてるし、もうこんな任務につけるようになってんの!? 黒妖犬って君の事らしいとは聞いてたけど……! いいねいいねぇ……ざっと見て回ったけど、食指の動く子がいなかったからお任せしようとこっち来たけど、大正解だった!」

 

 現れたのは塔外訓練の際に、戦った鳶の番人だった。ジーナが笛を吹くと同じ配置の人間が一組を残して全員集まる。その様子を面白そうに見て男はにこにこと笑った。鳶も相変わらずで、揶揄うようにくるくると旋回している。

 

「最近のアニマリートはさぁ、平均値は高いんだけど二つ名がつくようないい感じの子が少ないからさぁ」

「ニビ、遊んでないで早くしなさい」

 

 男の後ろから呆れたような声がして、小柄な女性が現れる。きりと鋭い眦の、導き手と思われる小柄な女の人で、男よりは随分年下なように見える。同じように鋭い眦の海鳥が肩に止まっていて、たしか鴎という名前だったかと観ているうちに海鳥が変化していく。

 それは血染めの羽毛を纏った、美しくも不気味な女の鳥人とりびとだった。掠めるものハルピュイアという幻獣に姿が似ているが、その雰囲気はとても禍々しい。鳥人が纏わりつくようにぎゅうと男を抱き締めると、男も上半身が男とも女ともつかない鳥人のような姿となり、血染めの衣を纏った。

 

「血が、血の臭いが」

「う……」

 

 血の錆が辺りを漂い、番人や部分覚醒者はもちろん、導き手も顔をしかめている。みんなすぐに鼻や口を覆うガスマスクを身につけたが、錆びた臭いは鼻の奥を刺している。感覚を落ち着かせようと感覚の窓を閉じるが、落ち着いたところで結局鼻は使えない。正面からの戦闘で鼻はあまり使わないからいいけど、以前のように、逃げられた時に厄介だ。

 

「性格をよく現した、やらしい攻撃する」

「本当にね……――――みんな耳を塞げッ!!」

「――――!!」

 

 コニィが叫ぶと同時にすぅ、と男が小さく息を吸う。

 瞬間、男の口から女性のつんざくような悲鳴が広範に響く。

 

 周囲の空気をびりびりと震わせるようなそれは、聴覚が鋭い番人には大ダメージだった。コニィの声に即座に反応した人達はまあまだ無事な方だが、何人かはもんどり打っている。ネロもまだ、耳の中にピーンと変な音が残って、犬もぶるぶる首を振って不快そうにしている。

 導き手の女の方の鳥人は、ひぃぃ……ひぃぃ……と嘆く女性のような不気味で不安定な啼き声を発していて、気味が悪く集中を乱す。あの叫び声自体は前動作もある事から連発は出来ないだろうが、特殊な攻撃を抜きにしても、男は純粋に強い。

 過去に垣間見たあの戦闘能力を持つ相手に、視覚のみで戦わないといけないのは、かなり厳しい。これは、長く戦場に立つわけだ。ただでさえ強いのに、他の番人の感覚を阻害する能力ばかりを持っている。これは、本当に、不味い。

 

「ジーナ、大丈夫!?」

「動けなくはないけど、あんまり役には立てない、かも……」

 

 今は慣れてきたけど、充満する血の匂いはそもそもいい気分のするものでもないし、さっきの悲鳴のような鳴き声のせいもあって、一時的な戦闘不能者もいる。動ける番人であの鳶の男達以外の番人を対処、何とか動ける程度の番人と導き手で戦闘不能者の回収をしないといけない。

 

「このおっさん達は私達が相手する! 鼻と耳をやられたやつは下がれ! 動けるやつは他地点と小塔に連絡を急いで!」

「そうそう。大人はいらない。大人はいらないのよ? ――だから、そこの子犬と子リスは逃がさないわ」

 

 残るなら殺す、と鋭い眦の女は無表情でそう呟いて退却する番人を追いかける様子はない。ただ先ほどの悲鳴が合図だったのか、敵か味方か近づいてきてる気配がするし、雰囲気からして何かしらこの人数を相手取る術を持っている。

 

「アクアちゃん、白猫ちゃんと月兎さんはいるからね!? いやー……月兎さんも番人に負けない察知能力……飛燕ちゃんとはまた違う方向で相変わらず素晴らしいねぇ……」

「本当、二つ名ってもう少しセンスがどうにかならないのかな……誰がつけてるんだろう」

 

 男の発言に眉を寄せるコニィのぼやきには激しく同意だ。ネロの黒妖犬もどうにかして欲しい。

 

「コニィさんを妙な目で見るな変態。私達としてもグリーディオ特殊部隊に長くいるお前は必要。今度こそ首根っこ掴ませて貰う」

 

 ネロが一瞬現実逃避をしている間にビアンカさんの白猫が尻尾を激しく地面に打ち付ける。毛を逆立てて大きくなると同時に不快そうなビアンカさんと重なり、獣人の姿になっていく。

 

「ネロ、僕はビアンカさんのサポートに全集中するから、ジーナの事やこいつら以外の敵の対処をお願いするね。あと、ビアンカさんからの伝言を退却組の誰かに頼むよ」

 

 ――ロディネを応援に来させるな。

 

「それって、どういう」

「ビアンカさんも全力を出そうとしてるから、きっと冴えて勘の精度が上がってる。ロディネによくない何かが来るか起こるか……何かは、分からないけど。とにかく頼むね」

 

 ここには特務が来る予定、という事は――それはレオナルドなのでは。その問いを投げる間もなく、コニィの兎が白金の毛に覆われた一角兎アルミラージに変化する。

 そして別の番人の姿が見え、犬が唸る。その苛立ちが敵に対するものなのか、ビアンカの勘に対するものなのか分からないまま、ネロはコニィから離れ、退却組に伝言を伝える。

 そしてその退路を守るように、敵を迎え撃つ構えに入った。

 

 

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