第33話 爪とぎ(ビアンカ視点)


 ネロが公安にいくことが内定した頃のこと。

 うちを使ってロディとレオナルドはみんながしている勘違いについての話し合いをしていた。

 

「お前なあ、俺とお前が絆契約ボンドとか、あり得ない話が公安に浸透してるって何なんだよ。否定しろよ」

「変に弁明をする方が怪しまれると思うが?」

奥さんクレアの気持ち考えろよ。未だに直ってないのかちゃんと説明しないところ。お前幾つだよ」

「単細胞のお前に言われたくない」

「こんにゃろう……!」

 

 ……話を逸らした。

 どうやらレオナルドはその勘違いを維持したい。でもロディはそれに気付いていない。

 顔を合わせるとまるで昔に戻ったみたいに表面上は話せる……というよりも、ロディが一方的にぷんすこ怒ってるだけ。元々この二人はこんな感じだ。それでも昔に戻ることはない。

 私は起こった事は全て知ってるけれど、2人が交わした言葉などの仔細は知らない。さすがにここではどちらもおくびにも出さないと言うか、尻尾も出さない。でも確実に何かがあったのは分かってる。

 

「ならせめて、俺とお前が絆を結ぶ事はないっていうのは、聞かれたらちゃんと言え。お前は結婚して導き手の奥さんがいる。惑いなんてもうないだろうが」

「……」

「へ・ん・じ・は!」

「……分かった。だがこちらから言って回るのは不自然だ。聞かれたらな」

「それでいいよ。大体お前が俺に勘違いだって言ったんだろ? ならそれが原因で起こった誤解もお前が解けよ。話はそんだけ……あ……あと、もいっこあったわ。お前、セイル先生んとこ全然行ってないだろ」

「……そんな事はない」

「嘘吐け。ヴァレステで聞いたけどお前の話は全然出なかった。忙しいのは分かるけど、たまには恩師に顔出せよ。今度こそ話が終わりだ。じゃあな」

 

 結局ロディがしょうがないって折れるこの流れも一緒だ。ロディはぴしゃりと話を切って私と奥の部屋のコニィさんに家を借りた礼を言ってうちを出ていく。

 それを追い掛けようと立ち上がったレオナルドの服の裾を私は素早く握った。絶対追い掛けようとすると思った。

 行かせるものか。

 

「座って。私はこのまま続けてロディ抜きであんたと話したい」

「俺は話すことなどない」

「――今度の獲物はネロ?」

 

 レオナルドの眉が不愉快そうに上がって体がこちらを向く。

 釣れた。

 

「いつまでも執着するな甘えるな。別の導き手と結婚することを選んだのはあんた。ロディには幸せになって欲しいからあんたじゃ駄目」

 

 私はいい加減、この男を始めとしたロディを取り巻いて縛る色々をどうにかしたい。ロディには幸せになって欲しい。それが出来るのは、目の前のこの男ではない。多分、ネロだ。

 その可能性にこいつは気付いている。それこそあの塔外学習の時――……いや、もしかしたらそれよりもっと、前からかも。そこは確証ない。

 でもコニィさんやエレナに何かあったらいけないから動きづらかったこれまでと違って絆も結んだし、娘もちょっと大きくなった。私達が一線に復帰すると言えば私達は国にとって貴重な戦力、無駄に害する事は出来ない。あとは同じように、レオナルドが簡単に排除できない域に、ネロが行くまでフォローするだけ。 

 

「今まではそれほど突出した子がいなかったから思い通りになってたけど、ネロはそうはいかない。あの子は特務にいくだろうね――残念でした王子様・・・

「黙れ」

 

 馬鹿にしたように笑えば、獅子がぐるると唸る。

 

「……お前、コニィを塔から離して教務に移ったのはロディネのためか」

「そういうこと。でもそれももうおしまい。私達は出来る限りあの子を守るし、もしあの子に何かあったら私はあんたを疑うし、絶対に糾弾してやる。それを忘れるな。――いくら獅子が強くても猫だって掻こうと思えば、寝首を掻ける」

 

 苛立ったように唸りながら、のそりと獅子が歩み出る。私の猫も歩み出てその体を膨らませる。私達は睨み合い、獅子と白猫もまた、尾を打ち付けて睨み合った。

 

「レオナルド、ビアンカさん、そこまで」

「コニィさん! 何で」

 

 きゅっと首根っこを掴まれた感覚がしたと同時に、後ろからそうっと抱き寄せられる。「せっかく寝たのにエレナが起きちゃう」とのんびり口調でコニィさんがレオナルドに笑顔を向けた。

 

「……僕達もさ、セイル先生が亡くなってから、あまりに偶然・・ロディネ周りの様子がおかしかったから、つい疑う方向に妄想が働いちゃっててさ……だからこのまま何も起こらないなら気のせいかな。レオナルド、引き留めてごめんね」

「いや……大丈夫だ。失礼する」

 

 私はレオナルドに声を掛けようとしたけど、まあまあと口を塞がれる。レオナルドが出て行くとコニィさんは手を離し、私を少し窘めた。

 

「……ビアンカさん、気持ちは分かるけど、もう少しだけ様子を見よう。これで何も起こらないのであれば放っておいた方がいい。下手に刺激すると間違いなくネロくんに矛先が向くし、下手したらロディネに直接向く」

 

 何か飲んで落ち着こうとコニィさんがカフェオレを入れてくれた。少し温めのそれをありがたく飲む。冷えるとまではいかないけど、少し苛立ちも緩くなった。

 

「……ネロにはレオナルドの正体を教えてあげた方がいいんだろうか」

「彼なら教えたところで怯むことはないだろうけど……でも無駄に情報を広めて、それが原因で別口に狙われるのもよくないかなと、僕は思うよ」

「ホントめんどうな王子様」

 

 ――レオナルドは庶子の王子様だ。正式な認知はされておらず、当然公表もされていない。

 

 本来一定の養育後捨て置かれるはずだったあいつが、アニマリートの象徴である獅子の番人だった事から、色々な人間の思惑が動いた。私達と出会う前にも色々あって、レオナルドを邪魔だと思った人間がレオナルドを捨てた先に、ロディと私がたまたま居合わせた。それが全ての始まりだ。

 

「全く……どいつもこいつもちゃんと首に鈴つけられないなら飼い殺そうとすべきではないし、あいつも飼い猫になる気がないなら結婚なんかするなって話だし結婚したんなら大人しくしろっての。結果色んな人がちょっとずつ不幸になって、そもそも一番関係ないはずのロディが一番割を食ってる」

 

 でも、私もロディの現状の原因の1つ。

 ロディが大怪我で眠っている時、私がレオナルドの選択を止めていたら、2人は今頃絆を結んで結婚して、それなりに幸せだったかもしれない。ロディとレオナルドの矢印の大きさは全然一緒じゃなかった。けど、ロディは優しいから、絆されて仕方ないなって蹴っ飛ばしつつ、さっきみたいにぷんすこ怒ったりしながら、それなりにいい夫夫になったかもしれない。

 でも……それはどう考えてもロディの負担が大きくて、おんぶに抱っこになるのは目に見えていたし、ロディが狙われる事の根本的な解決にはならない。そもそもロディが殺されかけたのはレオナルドが原因だし、絆を結んだら一生危険に晒されるという事がセイル先生が亡くなった時によく分かった。

 そう考えてもやっぱり駄目だと思った。だからそれを選べばロディが絶対拒否するのを分かっていて、私はレオナルドを止めなかった。

 間違った選択だったとは正直思わない。でも、それを決める権利を持っているのは本当はロディだけだった。それを寝ている間に私が奪った。その事はずっとずっと喉に刺さった小骨のように、ちくちく私を刺している。

 

「もっと上手く出来れば違ったのかな……」

「違わないんじゃないかな。ビアンカさんはレオナルドじゃ駄目だって思ったんだよね?」

「でもそれには私の個人的なエゴがものすごく含まれてる」

「それはそうだね。でもロディネはビアンカさんが忠告したらレオナルドに気持ちがあったとしても、きちんと耳を傾けて判断したと思うよ。そうなれば……結果は案外今と近いんじゃないかな」

「なら、いいんだけど……」

「ビアンカさんとロディネはお互い大好きだもんね」

「そう言うと何か語弊がある」

 

 確かにロディの事はロディがまだサンだった頃から好きだし、ロディも私の事は好きだ。でもそれは恋愛の好きではない。

 ロディも私も家族が欲しかった。情愛や恋ではない結びつきがひとつ欲しかった。その点で気持ちが一致してた。そうすればきっと何かあっても生きていけると思ったからだ。

 

「ビアンカさんの勘は当たってたと僕は思うけどね。分かるのに時間がかかってるだけで」

「……コニィさん、ありがと」

 

 私はもう冷たくなったカフェオレをぐっと飲み干した。時間は戻せない。終わってしまった事を悔やんでも仕方ない。ロディがそれをするのはともかく、私が悔やむ期間はもう、とっくに終わっている。何はともあれ、これで役者は揃った。

 

 私達はすぐ、管制長にロディネを公安に戻すくらいなら一緒に公安に戻ると直談判した。これはロディのためだけではなく、教務の事を考えてもロディが残った方がいい。それはあっさり認められ、私は数年振りに公安に戻る事となった。

 ネロもロディネを公安に戻そうとしないでくれと言っていたという管制長の言葉を聞いて、なおのことネロを守ってあげないといけないと思った。公安に行っても多分一緒に動く事にはならない。でも目を光らせていればレオナルドへの牽制にはなる。

 

 +++

 

「えっ! そうなんですか……ロディネ先生、寂しがりますね……」

 

 ネロの配属と同時に同僚になる事を、特訓直後に捕まえて報告すると、大きめの黒目をぱちぱちさせて真っ先にロディの事を心配している。その表情はまだ少し子供だ。でもロディの事をちょっとずつ知って、一生懸命大人になろうとしてる。きっとこのまま一途なまま、私が守るなんて烏滸がましいような、いい男になるだろう。

 

 (あなたの前に広がる道が、光溢れるものでありますように)

 

「ビアンカ先生?」

「んーん。何でも」

 

 私は、ロディがネロに送ったその言葉を借りて、心の中でそう願った。選ぶのはロディだけど、ネロが無事大人になれば、きっと。 

 

 そのためにも、私は爪を研いでいる。

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