第25話 恩師
今日の予定は、まず列車でヴァレステまで行って髪を切る。それからお世話になった人のところを回って昼食、その後また列車に乗ってカルタノという大きめの地方都市に寄り、
お土産リストは買えたらでいいとの事だが、まあカルタノは地域の中で一番の都会だから大体のものは揃うだろう。それに飯も上手いところが多いので晩御飯を食べて帰ろうという魂胆だ。
朝一の田舎行きの列車は人もまばらで、ガラガラだ。人が増えてきたら譲ればいいかと4人席に向かい合って座り、ロディネもネロも自分の隣に荷物と手土産を置いてつばめとわんこを見えるようにした。
「あんまり顔出さないようになー」
「はーい!」
ネロとわんこは一緒に車窓に手をかけて外の風景をきらきらした目で興味津々に眺めている。ネロは一応言うことを聞いて、控え目に窓から外を見ている。
しかし、内心は興奮しているんだろう。わんこは時々身を乗り出しすぎて強い風に当たって顔が変に歪んでいる。ロディネも笑いを堪えながら外を眺めていると、見慣れたの街の風景が、進むにつれて農地に、そしてまた街の風景へと交互に移り変わり、そのどれもを後ろへ放り投げるようにして緑の目立つ風景へと変わっていく。
そうして到着したヴァレステはまあまあの田舎だ。街の部分はそこそこ大きいが機能は最低限、
「ネロ、着いていきなりなんだけど、まず俺髪切るから」
「えっここで?」
「いつもここの散髪屋で髪切って貰ってるんだけど、切りに行こうって思ったまんまで2年以上経っちゃってさ」
びっくりしているネロの手を握って「行こう」と歩き出すと、戸惑いながらもきゅっと握り返してすぐに隣に並んだ。
駅近の、古い鋏の絵が描かれた看板の店は古ぼけてはいるが大きな窓から清潔感のある店内の様子が見える。どうやらちょうど客はいないみたいだ。
「こんにちはー」
「いらっしゃー……ロディネ? 久しぶりだな」
「おっちゃん久し振り。髪切って! あとこれ俺とビアンカから」
「散髪屋だから髪切るのはそりゃ構んが……そっちの子は?」
「俺が今塔で担当してる子」
「は、初めまして! ネロと言います」
「
「失礼な」
「ロディネ先生は優しくて強いし、色んな事を教えてくれます!」
「そうかい。まあ昔っからロディネとビアンカは面倒見のいいガキ大将だったか。菓子に絵本……ありがとな。まあ座れ。ネロもそっちの椅子に掛けて待っててな」
ロディネ達に椅子に座るよう促し、散髪屋は本棚に絵本を仕舞っていく。布を巻き、ロディネが髪を束ねていたゴムを外すと髪を梳き始め、「艶々で栄養が行き渡ったいい髪」だと小さく呟いていた。
「ここ、俺とビアンカと……レオナルドが塔にいるまでいた街なんだよ」
「ビアンカは元気か? 子どもが生まれたって手紙はきていたが」
「元気だし相変わらず。そっくりな女の子が生まれて、旦那とも仲良しだよ」
「そりゃあいいこった。なのにお前さんは相変わらず1人か。そこそこ男前になったのになぁ」
「うるさいな」
近況と軽口を叩きあっているうちに散髪はあっという間に終わった。腰まであった髪が肩までの流さになると、流石に頭が軽い。
「さっぱりした……! ありがと」
「髪くれるんなら散髪代は構わんが」
「それとこれとは別。髪の使い道はいつも通りおっちゃんに任せるよ」
「すまんな。じゃあ無理はすんなよ。あとビアンカにもよろしく言っといてくれ」
「こっちの台詞だな。りょーかい」
じゃあまた! と挨拶をして次の目的地へ足を運ぶ。
「ネロのいた所も酷かったけど、俺とビアンカがいた孤児院も大概酷い所で俺達はよくひもじい思いをしててさ。いつも食べ物集めてたんだ。さっきの散髪屋のおっちゃんは俺達のあんまり綺麗じゃない髪を買い取ってくれて時々飯もくれてさ。普通にお礼渡そうとしても受け取ってくんないから今でも髪が伸びたらここに切りに来てる。ビアンカも子供が生まれるまでは来てた」
ここは売れ残りとかをくれてた店、ここは手伝いしたら小遣いくれてた店なんて説明をしながらネロと街を歩く。そっちの顔出しは後で昼飯がてら回るから、とネロに説明していると、ロディネとビアンカがレオナルドを拾った路地裏に差し掛かった。昔は雰囲気が悪かったけど今は改善されている。とてもいいことだ。
「俺とビアンカは気付いたら一緒に孤児院にいたって感じで幼馴染というより兄弟みたいな感じなんだけど」
「あぁ……分かります。とても仲良しですよね」
「レオナルドは……一緒に孤児院にいたのは実質半年くらいで、俺達が食料集めに奔走してるときにこの路地裏でボコられてて」
「ええ……!?」
「助けたらついてきて、なし崩しに孤児院にいるようになったんだよ。それで半年後くらいにレオナルドを助けに来た人達に俺達も連れて行かれて、それで
ここは本当に田舎だからあんまり色んな事を教えても役には立たないだろうなと思いつつ話すが、でもネロは興味津々で話を聞いてくれる。自分の事をそんなに話す機会もないロディネは、何だか楽しくなって喋りつつ歩いていると、あっという間に花屋に辿り着く。
都会のお洒落な花屋のように色とりどりの花が溢れんばかりに置かれているわけではない、何なら花より野菜の苗が多いくらいの店先で、若い女性が花や苗に水をやっていた。
「リナ! 久しぶり」
「ロディネ!? 久し振り! どうしたの?」
「ちょっと休み貰ったからさ」
ロディネは土産を渡しながら、小さめの花束を2つ作って欲しいと頼み、リナとネロを互いに紹介する。
「ネロ、このお姉さんはリナ。俺やビアンカと一緒に孤児院にいた子で、今は結婚して旦那と花屋さんやってる。で、リナと一緒に白い花をメインに緑をちょこっと選んでみて。俺が選ぶよりネロが選んだ方がセンスいいから」
「ネロです。よろしくお願いします。花を選ぶ……?」
「贈り物用に花をいくつか選んでこんな風にくるむんだよ。ロディネ、この子番人なの?」
「そうだよ。今俺が担当してる子」
「生徒さん……本当に実在したんだ。確かに2人とも面倒見がよかったけど人に教えてるとか想像つかなかったから、本当に先生してるって分かって嬉しいよ。みんな驚くんじゃないかなあ」
「失礼な」
ムッとするロディネの横で首を傾げながら真剣に花を選んでいたネロだが、感じがつかめたのか花の配置を考えている。何度か花の位置を入れ替えて、やっと納得のいく出来になったようだ。
「はい、出来た。ネロ君、センスいいねえ」
「本当だ……先生も喜ぶな。リナもありがと」
「こっちこそお土産ありがとう。ビアンカにもよろしくね」
ロディネとネロは花束をひとつずつ持ち、リナに手を振ってまた街を歩く。田舎は建物が途絶えると、あっという間に自然が豊かになる。もうわんこを出していいよと言えば、現れたわんこはそわそわキョロキョロしながらネロの隣を歩き始めた。
「どこ行くんですか?」
「俺の先生のとこ」
段々道というのが怪しくなってきたのでちょっと不安になったんだろう。でももう着いたよ。森の手前でロディネは立ち止まった。
「ここは……」
「先生のお墓。最近来れてなくて不義理してたからさーー先生、こんにちは」
そこはこじんまりとした墓地で、今そこには1人しかいない。単にロディネが来てないだけで、他の人は来ているんだろうし、街の人が交代で掃除してくれていて、綺麗だ。「セイル」の文字もはっきり見える。墓に故人の面影などはないが、磨かれた白い墓石は先生の魂獣の角みたいで綺麗だと思った。
「セイル先生は綺麗な鹿の魂獣を連れててさ。管制長のバディもしてた優秀な導き手だったんだ。ネロがされたような能力の上げ方が見直された後に特務から教務に移ったらしいんだけど」
「先生は導き手なのに、担当の先生も導き手だったんですか?」
「セイル先生は俺とレオナルド2人の先生。俺は塔に入った時点でそこそこ能力があって、最初からレオナルドとペアを組まされたから2人まとめてセイル先生が面倒見てくれてたんだ。取り敢えず先生に挨拶するな」
「お、俺も……これって何かやり方とかあるんですか?」
「あるけど節目の行事でもないし、気持ちがあれば大丈夫。お花を渡して挨拶するといいよ。先生は優しいからそんなことで目くじら立てない」
こういうのは気持ちが大事というとネロは頷いて花束を置き、真剣に祈り始めた。2人が実際顔を合わせたらどんな感じだろう。ロディネは問題児ではなかった……はずだが迷惑を掛けた自覚はある。ネロはいい子だしわんこが可愛いからめちゃくちゃ構い倒しそうだ。
なんて、そんな想像をしてちょっと愉快な気持ちになりながら花束を置き、ネロに続いて祈りの格好をとった。
(先生、ご無沙汰してすみません。
俺は相変わらず教務で訓練生を見ていますが、今は隣にいる子――上の世界の犬を魂獣に持つネロという少年を見ています。ネロも可愛いんですけど、犬が妙に愛嬌たっぷりで可愛いでしょう。でも狼に近い種らしいんですよ。管制長の狼とは似ても似つかないのに面白いですよね。この子も孤児院出身で酷い目に遭ってたけどとてもいい子で番人としての能力も高い。そのせいなのか何なのか……先生がずっと懸念していたやり方を復活させようとする動きも出ていて……)
うーん……
これはただの愚痴だ。でも先生なら許してくれるだろう。近況報告ということで、とロディネはそのまま続けることにした。
(何とか俺に出来ることは頑張っていきたい。先生は自分の事も大事にしなさいって言ってくれるだろうけど、つい先日ネロが昔と同じようなやり方で危ない目に遭わされ、能力が上がってしまい色々な所に目をつけられています。
俺はこの子が自分の行きたい道を選んでせめて訓練生じゃなくなるまではどうにか守ってやりたい。だから先生も力を貸してくれると嬉しいです。
グリーディオの動きも活発になっていて色々きな臭いし、レオナルドも相変わらず何考えてるか分からない……ていうかあいつちゃんと先生の所来てますか? 2年来てなかった俺が言うのもなんですけど、来てないようでしたら嫌だけど近々話さないといけない事があるので蹴り飛ばしておきます……)
「今度はこんなに間を空けずに会いに来ますから、先生もどうか、お元気で――」
挨拶なのか報告なのか愚痴なのかよく分からない事をつらつらと話しかけてロディネは顔を上げた。ネロの方は先に挨拶が終わっていたのだろう。そんなロディネをじっと見つめていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます