第24話 明晰夢


 あれよあれよと行き先は決まり、みんなからお土産リストを受け取ったロディネは、いよいよ明日になった有休と外出に備えて早々に眠りについていた。

 

 +++

 

 (あ、これ夢だな)

 これはロディネが〝ロディネ”と呼ばれるようになる前だ。瞬時にそう思ったのも束の間、夢の中の子どもな自分に意識が引っ張られていく。

 

 屋根の上で空を見上げると本物のつばめに混ざって、自分ともう1人にしか見えないつばめ――そいつがよたよたしながら晴れ渡った空を飛んでいる。

 今日も朝早くから働いて疲れたなあと微睡んでいると、薄汚れて痩せた白猫がやって来て、隣で「にゃあん」と鳴いた。白猫の後に続いてひょっこり顔を覗かせたのは同じようにちょっとうす汚れた、緩く波打つ長い金髪に碧眼の少女だ。

 

サンいたいた」

ビアンカどうした?」

「そろそろ集めに行かないと、明日からごはん足りないかも」

「……へーい……ーーん? んん?? もう!?」

 

 うちの孤児院はなんと1日1食、しかも大した量のない食事しかでない。だから俺とビアンカ中心にいつも食べ物を集めている。ただ先週は保存の効くものを結構頑張って集めたのに。

 

「今週新しい子が4人増えた」

 

 確かに増えたな。

 

「でも食べ物の量は増えてない」

「院長も職員もくたばれ」

 

 俺は立てた親指をひっくり返して吐き捨てる。本当にくたばってくれたら新しい職員が来て孤児院ここも改善されるかもしれない。「あ゛ー!」っと大声を出して後ろに倒れると、ビアンカが隣にやってきて猫と一緒にちょこんと座り、俺の手を握った。

 何でか分からないが、ビアンカは俺の手を握ると疲れが取れるらしいのでよくこうやって俺達は手を繋いでいる。つばめも飛ぶの止めて俺の腹に降り、もぞりと羽根を閉じて小さくなった。

 

 (疲れた)

 (疲れたな)

 

 しっかしなぁ……放っておいても俺達が食い物を集めてきてどうにかしてしまうのがいけないのか。でもそれを止めたら子ども側と院長側で我慢比べチキンレースになってその間に小さい子は死んでしまうかもしれない。俺達の分の食事を分けたって焼け石に水だ。 

 

「……はあ……とりあえず集めてくるか。けど俺とビアンカだっていつまでもここにいるわけじゃないし、このままじゃ駄目だよなぁ」

「どうすればいいんだろう」

「ていうかどうしたいんだろうな」

 

 愚痴っていても時間が勿体ない。俺はビアンカと一緒に屋根を降り、渋々街に向かって歩き始めた。

 ここの孤児院ははっきり言って最悪だが、街の人は孤児院の子どもに対しては同情的だ。改善に動いてくれるわけではないのでそれ以上でもそれ以下でもないけど。俺とビアンカは売れ残りや売り物にならない食べ物を分けて貰える店を回り、貰ったものを孤児院に運んでいく。あとは手伝いで多少の小遣いをくれる店などに行こうかと、足を向けたところ――

 

「あれ、子どもが蹴られてない?」

「本当だ……誰だろう?」

 

 見れば子どもが二人組の男に蹴られている。孤児院では基本的に、俺とビアンカが色んなものを集めに回ってるし、他の子に行かせるにしても俺達が大丈夫と太鼓判を押したところしか行かせていない。当然盗みや悪いことは厳禁としているので、そんなことに手を出さないはず……ただ、孤児院の子にしろ、そうじゃないにしろ、子どもがボコられてるのをほっとくのもあれだと、俺達は暴行現場に近づいていった。

 そうっと近づいてみれば子どもをボコっているのはごろつきじゃない。見た事のないやつらだし、そこそこの身形の人間だ。蹴られてる子もちらっと見えた感じ上等な身形をしている。これは余計な嘴を突っ込むことになるかと後悔したけどもう今更だな。目くばせすれば、ビアンカが気配を消して動く。それを見計らって俺はボコっている奴らに声を掛けた。

 

「おいあんたら、何してるんだよ!」

「地元の子か……関係ない子どもが余計な事に首を突っ込むんじゃない」

 

 ”地元の子”

 そう言うって事はやっぱこいつらよそ者だ。丁寧な物腰なのが逆にヤバさを感じる。

 

「そんな事言ったってもう遅い」

 

 そう言うと同時に、ビアンカが背後の屋根から子どもをボコっていた片方の脳天に思い切り踵を落とした。いくらビアンカが軽くても、高い所から脳天への攻撃を無防備に食らい、男は気を失う。もう一人の男がそれに驚いているうちに急所に思い切り肘鉄を入れ、もんどりうっている内にビアンカと2人掛かりで首を絞めて落とした。

 

「思ったより上手くいったね?」

「いや……多分、この子がかなり抵抗して、そのせいでボコられてたんじゃないか? それより怪我みてやんないと」

 

 気絶した男二人をそいつらが着ていた服で縛って転がしてから、地面に倒れてぴくりとも動かない少年の様子を見る。

 息を、していない。

 

「ビアンカ! この子息してない! こういう時ってどうするんだっけ!?」

「キスで息吹き込めばいいんじゃない? 任せた」

「はぁぁぁ!? 何で俺が!?」

「美少女な私がやって責任とって嫁にしてやるとか言い出したらめんどい」

「あぁぁ自意識過剰って言えないのが腹立つ!」

 

 痩せてガリガリだし薄汚れてはいるが、よく拐われそうになる程度にビアンカは美少女だ。仕方がない。とりあえず出来ることもせずに死なせてしまうのは目覚めが悪い。

 仕方なく俺は口をつけて息を吹き込み始めた。くっそー……俺だって初チューなのに……。大きく吸ってふうっと口の更に奥へと送り込むように息を吹き込み、何度かそれ繰り返すが反応がない……と思いきや。

 

「ん!? んぅ、むぅーーーー!!」

 

 気持ち悪い!!

 駄目か……と思った瞬間、後頭部をぐっと掴まれて口の中を舌がぐるぐる回る。口の端から涎が垂れたその気持ち悪さから逃れようと、俺は目の前の少年をどすどすと殴った。

 

「おい! 起きてんなら止めろよ!」

「ここ、は」

 

 目の前の少年が身を起こすと暗い金髪が揺れる。ビアンカとはまた違う、夜に浮かぶ、もやがかった月みたいな色だった。

 その隣には猫……ではない大きな……この伸びかけみたいなのは……

 

「たてがみ……獅子レオン?」

獅子レオン……レオン、か」

 

 難しい顔してむくりと起き上がった少年。顔つきは俺達と変わらない年に見えるが、思ったより体が大きくて鋭い目をしていた。不健康そうな様子も見て取れず、いいところの子どもっぽい。誘拐かな?

 

「助けてくれて感謝する。俺は……取り敢えずレオンだ。お前達は?」

「”取り敢えず”ってなんだよ……俺はサン、こっちはビアンカ」

 

 聞かれたから名乗ったのに、暫定レオンは不快げに眉を寄せる。

 

ビアンカはともかくサンはあんまりだろう……」

「ああそういうこと……それは思うけどな」

つばめロディネ

「ん?」

「お前の周りを飛んでいるのはつばめだろう。俺が獅子レオンならお前もつばめロディネにしろ」

「何を勝手な――ていうかお前、つばめが見えるのか!? 今までビアンカにしか見えなかったのに」

「ああ」 

「ふーん……ロディネつばめ……いいんじゃない? サンよりずっといいよ」

 

 へええ! つばめが見える奴はビアンカ以外じゃ初めてだ。何勝手に……と思ったけど、つばめロディネは確かに血よりはずっといい。

 

「まあ、とりあえずここから離れよう。えっと、レオン? 私達孤児院のご飯集めたり小遣い稼ぎなきゃいけないから」

「俺もついて行く」

「いや……お前、いいとこの子だろ……? 普通に警察行けよ」

「警察は信用ならん」

 

 警察が信用ならんって。これは思ったよりヤバイ奴に手を出してしまったのでは。でもまあもう今更ではある。

 

「ついて来るのはいいけどお前さっきまで息してなかったのに大丈夫か? あと俺達の孤児院クソだぞ。売られる可能性もゼロじゃないぞ」

「問題ない。むしろ金に汚い方がいいかもしれん」

「あっそ……ならよく分かんないけど好きにしな」

 

 俺達はその後ちょっと手伝いなんかをして小遣いをもらったが、今週に入って4人増えたのに更に今日、1人増えた。しかもこいつ飯食いそうだよな……飯、足りなくなりそう……。

 

「しょうがない……1人増えたし、髪切るか」

「いやいやサ……ロディネは癖がなくて高く売れるからもうちょっと伸ばすべき」

「ビアンカこそ金髪で高く売れるんだからもう少し伸ばせよ」

 

 いやいやいやと俺とビアンカが伸ばすのを押し付けあってるとレオンは首を傾げている。

 

「……一体何の話をしている」

「長い髪は売れるんだよ」

「私達が出来るいざというときの貯金」

「俺も働くから切らなくても……」

「いや! とりあえず取り急ぎ当面のさ!」

「そうそう」

「……お前ら……もしかして切りたいのか」

「「だって手入れがめんどくさい!」」

「じゃあ2人とも切ればいいだろ金は腐るもんじゃないし……」

「俺達金隠すところないんだよ」

「無駄に持ってても取られる」

「孤児院とは……一体……」

 

 +++

 

「何て中途半端な……」

 

 まだだいぶ小さかったレオンが遠い目をしながら呟いたところで突然ロディネの目は覚めた。時計の針は起きるにはまだ早い時間を指しており、けぶるような蒼白い光が部屋を包み込んでいる。そういえば、ネロが塔に来てから髪を切っていないな……夢のお陰でそんなことを思い出す。

 

「――よし、お出掛けがてら、髪も切りに行こう……でも、もう、ちょい、寝よ……」

 

 部屋を包み込む白い光を遮断するようにロディネは掛布団を頭から被って二度寝に入る。

 続きを見るかと思っていた夢は、結局その後見ることはなかった。

 

 

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