第26話 出会い

 

 故郷と言っても差し支えない場所で恩師と話した後だからというのもあるが、ロディネはネロに対して色んな話を投げっぱなしにしている。ロディネはこの小旅行の間で少しだけ昔話をすることにした。

 孤児院にいた頃の話や、まだ当時はレオンと呼んでいたレオナルドを拾ったまでを話したところで、「先生にまた来ます」と挨拶して墓を後にした。土産を配りながら街で買い物をし、食堂で昼食を待つ間、ロディネはネロに、再び話をし始める。 

 

「――俺とビアンカは孤児院時代はお互い導き手と番人だなんてことは知らなくて、無意識のうちに導いて生きてた。そこにレオナルドがやってきて、知らず知らずにレオナルドの導きもしてたんだ」

 

 まあ……レオナルドについてはしてた、っていうよりさせられてたっていうのが正しいんだが。

 

「なるほど……レオナルドさんのそれ……人工呼吸がノーカンですか」

「うん、ノーカン1」

「ノーカン1!?」

「うん。それでな。レオナルドは異常に強くて、勘が鋭かった。だからあいつのお陰で狩りなんかが出来るようになって、食糧集めは格段に楽になったんだけどさー……」

 

 +++

 

「何でしょっちゅう男同士でキスしようとするんだ変態か!」

「うるさい。慣れろ」

「ちょ、や……ん、ぅーー」

 

 ロディネはレオンにしょっちゅうキスされるのが嫌で、毎回一生懸命抵抗していた。しかし体格の差もあり、あまり意味はなしていない。つばめもばさばさ羽ばたいて、つぴつぴと嫌そうに鳴いているが何の効果もない。

 

「そこまで。ロディは嫌がってる」

「――っ、ビアンカ……! 助かった……!」

 

 一瞬緩んだ拘束から急いで抜け出し、ロディネはビアンカに半泣きで抱き着いた。情けないが、普段なら揶揄いそうなビアンカも、よしよしとロディネを庇いながらレオンを睨んでいる。

 

「せめてこんなことする理由を言いなさい。ロディにはつばめがいる。私は猫だけど、レオンには獅子がいる。私もロディに触ってると疲れが取れる。それはキスに何か関係ある?」

「……関係ある。だが、それを孤児院の連中に知られるのはよくない。理由は時が来たら話す」

「ふぅん……だって、ロディ」

「じゃあせめてビアンカみたく手を繋ぐとかでいいだろうが! この変態!」

「手を繋ぐのでは足りない……だが、どうしてもロディネが嫌なら止めてみる」

「足りないって何だよ! 止めれるんならさっさと止めろよもう!」

 

 だけどそうしてキスを止めて1週間が過ぎると、理由は分からないがレオンの調子は目に見えて悪くなってくる。


(え、何これ俺のせいなのか……? )


 ロディネも最初は演技かと思おうとした。でもどう見てもそんな感じではない。食事もあまり食べられないのか、他の子に分けてやっているし、眠れてないのか目の下に隈も出来ている。

 でもレオンは何も言わない。

 ロディネが嫌だと言ったからなのか、止めると言った手前何も言えないからか。いずれにしても放ってはおけなかった。

 

「お前、それ俺と……き、キスしないのが原因でそうなってんのか?」

 

 何にも言わないレオンに我慢できなくなったロディネは、食事の後レオンを孤児院の裏庭に引っ張っていって尋ねた。

 レオンはやはり何にも言わない。だけどロディネが言ったそれが多分正解だ。


(うぅ……仕方がない)

「……せっかく助けたのに死なれるのは嫌だ。我慢してやるから元気出せ」

 

 ん、と目を瞑って自分より高い位置にあるレオンの方へロディネは顔を向けた。しばらく待ってみたが何も起こる気配がなく、薄目を開けて見るとレオンは固まっていた。


(こいつ……人がせっかく譲歩してやったというのに……! )

「――――!!」

 

 腹を立てたロディネはレオンの向こう脛を思い切り蹴っ飛ばした。元々弱っている上に蹴った場所はぶつけたりすると、痺れて痛い場所だ。

 声もなく踞ったレオンの襟ぐりを、ロディネはぐっと掴んで引き寄せてキスをした。驚いていたレオンだが、最終的に今までしていたように口の中でレオンの舌はぐるぐると回り、獅子の尻尾は大きくゆっくりと揺れていた。それが終わると隈はあるもののレオンの顔に生気が戻る。ロディネは残しておいたパンをやった。

 

「……助かる」

「こういう時はちゃんと『ありがとう』って言え。チビ達が真似するだろうが」 

「……ありがとう」

「よしよし」

 

 それからというもの、ロディネは仕方なくレオンと定期的にキスをするようになった。

 そしてレオンが来て半年、事態は急な展開を迎える。

 それはいつものように街で食料集めをしていた時のこと。ロディネ達が街を歩いていると、突然周りを金持ちと警察が入り混じったような集団に取り囲まれた。

 ロディネとビアンカは焦っていたが、レオンは全く動じておらず、一言「遅い」と不機嫌そうにその集団のリーダーっぽい奴に吐き捨てた。

 

「よくぞ御無事で! 申し訳ありません……クレア様が御実家に協力を頼み込んでようやく……!」

「レオン?」

「それはもういい。こいつらも導き手と番人だ。一緒に連れていってくれ。あと、ここの孤児院は問題大ありだからどうにかしろ」 

「承知しました」

「何なに!?」

「何だよ! 一体どういうことだよ!?」

 

 何の説明もないままロディネもビアンカも捕まえられて連れて行かれ、さらにロディネは2人と離され、1人で綺麗な部屋に閉じ込められていた。窓を覗いたが部屋は高い場所にあって何処もかしこも鍵が掛かっている。

 レオンは分かった風だったし別にどうでもいいけど、ビアンカは大丈夫だろうか。孤児院のみんなの飯は大丈夫だろうか。

 孤児院の狭い共同部屋に慣れ切ってたロディネは、1人用にしてはそこそこ広い部屋が落ちつかず、日が暮れて暗くなってもただひたすら部屋の隅っこで、つばめと一緒に小さくなって膝を抱えて座っていた。

 しんとしていて自分が出す音以外何も聞こえない。でも眠ることもできないでいると、ばたばたと走る音と、怒った男の声が外から聴こえてきた。

 

「――導き手だから緊急性がないだって……! 無理矢理連れてきたもう1人の事を何にも言わずに後回しにしてたなんて……! あいつら――!!

 

 こんこんと扉を叩く音がしたけどロディネは返事をしなかった。したところで開け方も分からないからと無視していると、足音の主は部屋へそうっと入ってきたようだった。音もなく急に部屋が明るくなりロディネはびくりと身体を強張らせてしまった。その微かな反応で侵入者に居場所を見つけられてしまう。

 

「ここにいたのか……遅くなってごめんね。僕はセイル。君の担当をさせて貰うことになった。これから一緒に勉強をしていったりするから、先生のようなものだと思ってくれたら」

 

 侵入者はセイルと名乗り、自分は先生のようなものだと言った。明るい茶髪に同じような金に近い茶色の目をした、優し気で綺麗な男の人だった。

 

「担当って、勉強って、先生って何……ビアンカ……と……レオン、は」

「ビアンカは別の先生が今様子を見ている。レオンは、レオナルドの事かな? レオナルドも僕が担当するからすぐ会えるよ」

「――孤児院、俺達が飯集めてた」

「僕もあそこの孤児院出身なんだ。あんな酷いことになってたなんて知らなくて……ごめんね。でもこれで状況を色んな人が知ったからもう大丈夫。みんなきちんとご飯も食べれるし、もっとしっかり勉強も出来る。落ち着いたら一緒に見に行こう」

 

「それも大事だけど」とセイル先生は言った。

 

「君の方こそ、今日の昼ご飯食べてないだろう。もう夜だしご飯食べて、今日はお風呂に入って休もう。明日は2人に会えるようにするから」

「……分かった」

「よろしくね。改めまして、僕はセイル。君の名前は?」

「……ロディネ」

「肩の子とお揃いだね。よろしく、ロディネ。じゃあご飯食べに行こうか」

 

 1人の時はもっと反発する意思があったのに、つばめが見えるという事実と、セイルのその柔らかい雰囲気に、ロディネは差し出された手を、気付けば素直に握っていた。

 連れられて行った食堂で、何がいいか分からず頼むものを決められなかったロディネに、セイルは定食を2つ頼んで好きな方をどうぞと言ってくれる。あまりにきちんとした食事で手を出しづらかったけど、片方はオムレツがあった。オムレツなら食べたことがあるから何となく想像がつく。

 そうして恐る恐る食べ始めたご飯は、どれもこれもが今まで食べたことがないくらい美味しかった。

 けど、特にその日の日替わりメニューだった綺麗な黄色いオムレツは今まで食べたのと同じ卵料理とは思えないくらいふんわりと温かく美味しかった。

 それがタワーに来た日のことで、ロディネが初めて恩師であるセイルと出会った日のことだった。


 そうこうしていると頼んだ定食がロディネ達の前に運ばれてくる。塔のようにはっきり名前があるわけではない家庭料理や郷土料理の中に、小さくて少し焼き跡のついたオムレツがあった。

 そうだ、あの頃はバターの風味とかそんな事も知らなかったんだよな、と懐かしく思いながら、ロディネはネロと一緒にいただきますの祈りを捧げるのだった。

 

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