第17話 部内バトル


「ロディ、つばめが五月蝿い」

「知ってる」 

 

 つぴーつぴーと、けたたましく鳴くつばめをそのままにしているのはわざとだ。人に苦情を言うビアンカの白猫だって、鳴いてはいないが、ばしんばしんと尻尾で床を叩く動作をしていて視界がとても五月蝿い。


「子どもじゃないんだから公の場でもそうだけど……まあそれは今はいいや。せめてこういう場では魂獣は隠しなさい。ビアンカも」


 2人して課長に注意され、しぶしぶつばめと猫を見えないようにすると、やっとかという風に、面々が溜息を吐く。吐きたいのはこっちだ。

  

「さて……先日教育は僕らの仕事だと言ってましたけど、戦闘や他国との揉め事を解決するのは公安の仕事だと言わせていただきますね」 

 

 管制部内の小会議室で、にっこり表面だけで笑う教務課長に、公安課長とその隣にいる調査課長が気まずそうに目を反らす。

 

「応援要請もなし、こういう作戦を実施したいのだと……一言でもご相談いただきましたかね? 私は初耳ですけどね?」

 

 まあ相談されたところで、訓練生を囮にするなんて通常は即却下案件だけどな。

 課長と今回の塔外訓練に参加した訓練生の担当である教務課の面々を前にして、蛇に睨まれた蛙のようになっている公安と調査の両課長は、以前からあった拐かしが、ここ数年かなり増えてきていることを主張した。

 しかも最近では塔に勤務していない番人や部分覚醒者、導き手が集中的に狙われているし、先日ネロの件で発覚した孤児院の問題について国が広範に監査を行ったところ、ロディネが言ったような手口で、孤児院がグリーディオに子どもを横流ししている事例もいくつか見つかったそうだ。

 恐らくグリーディオの特殊部隊が噛んでいるだろうと判断した両課は、例年少ない引率者で訓練生が塔外で訓練するというのを利用しようと、情報をわざとグリーディオに流して拾わせ、そしてのこのこやって来たグリーディオの奴らを捕まえるために公安が山にいた、というわけだ。

 

「だからって相談なしにこれはない。訓練生はあくまで子どもで保護対象」

「相談したって協力しないでしょうが」

 

 そういう問題じゃないとうちの課長が少し声を大きくする。

 

「基本的には反対に決まっています。でも反対したところで、代替案がないなら話をしっかり聞いて、子ども達の安全が確保できるようにした上で協力はしましたよ」

 

 囮にするだけならきちんと対策して相談すれば課内できちんと検討するし、その指示にはロディネだって従う。それくらいのことはこの人達も分かってる。

 

「それじゃ駄目だったんだろうが。グリーディオを捕まえるのも目的の一つだけどそれが本音じゃねえだろ」 

「ロディネさん!」

 

 コルノやアマリアが袖を引くが荒い言葉はもう投げた。

 

「過去、命の危機にあってさらに強い能力や第六感に目覚めた子達がいたし、昔はみんなそうだった。結局のところはそういうこと」 

  

 わざと行儀悪く頬杖をついていたビアンカが、くあっと猫のようにわざとらしい欠伸をしながら溢す。それを聞いたコルノとアマリアまでが怒り始め、場の空気が一触即発状態になっていく。

 

「わざと危険に晒してより深い能力覚醒プレゼニングを促そうとしたんですか……!」

「……結果的に温い訓練より一気に経験が積めただろうが」

「子ども達を何だと思ってるんですか!!」


 ほら見ろやっぱり本音はそっちだったんだろ? この間管制部長もそんな事言ってたしな。

 ただ、コルノとアマリアまでが怒ったことで、ロディネ少し冷静になった。


「公安も調査も人手が足りないのはお前達も分かっているだろうが! 教務は後進を育てる努力が足りない!」

「逆ギレて」

 

 だん!っと机を公安課長が叩いて叫ぶのに呆れる。

 確かに能力制御中心に重きを置いた今のカリキュラムだと突出した子は出にくいってのは分かるが、この間管制長が言ってたようにそこに不満があるなら政治家にでもなれ。自分だって緩いカリキュラムで育ってきているくせに、その言はないだろう。

 

「大体ビアンカもロディネも何時までもぬるま湯に浸かっていないでいい加減公安に戻れ。ロディネもいい加減レオナルドと絆を結ぶなりなんだりしろ」

 

 ……はあ? 何の話だ?

 

「いや意味が分からん。あいつと俺は幼馴染で8年前相棒バディだったっていうだけで、そんな関係にないんだが」

 

 わあわあとコルノとアマリアが喰って掛かって狼狽した公安課長が変な事を叫んだので、ロディネは即座に突っ込んだ。

 いや、何故ロディネにそんな訳の分からない流れ弾が来るのか。レオナルドは結婚していて嫁が導き手なんだから、そっちと絆を結ぶべき話だろう。

 頭の中でぶちぶちと文句を言ってふと顔を上げれば、ビアンカを除く全員が唖然としてロディネの方を、穴が空くではないかというくらい見つめている。

 痛い痛い、視線が痛い。みんな顔が違うのに全く同じ表情で少しだけ面白いが。

 

「い、いやいやいやいや!! どう考えても付き合っていただろうが!!!」

「そうですよ!!」

「いや付き合ってねーよ。そもそもあれからろくに顔を合わしもしないし。なあビアンカ?」

「……まあ、付き合ってなかった」

「ほら」

「……あの、ロディネさん? 本当にレオナルドさんと何もないんですか?」

「ねーよ。何だその確認は」

 

 ちょっとだけじとりとコルノに視線を向けると慌てたコルノの代わりにうちの課長が困った顔で言った。

 

「……多分みんなね、君がちょっとへそを曲げてレオナルドから一時的に離れた、くらいに思ってるよ」

「あれですね。ロディネさんはご主人と喧嘩して家出した奥さんくらいに思われてますし、僕も思ってました」

「私もです」

「はぁぁぁ!?」

 

 気づけばビアンカ以外全員がうんうんと頷いている。


「ないないないない!」


 いや……だからあいつ導き手の嫁さんと結婚してるし、子どももいるじゃないか。それに臍曲げだけで8年も離れるわけないだろ。期間が長すぎるわ。

 

「……ロディネがどうこうはまた後での話。今はもっと大事なことがある」

 

 ビアンカが溜め息をまたわざとらしく吐いて正論を言う。そう、ロディネの話はどうでもいい。誤解は解く必要があるかもしれないが、後でいい。そんな事実はないわけだから。

 

「課長方、この件に関しては俺は物申す権利がある。ご存知ないですか?」

 

 ロディネは教務課長の真似をして公安調査の両課長に向かってにっこりと笑ってみた。

 笑え笑え。もう二度とこんな真似はするなよという意味を思い切り籠めて笑え。

 

「……ロディ、公安課長も調査課長もその頃別の戦線にいたから知らないかもしれない」

「そっか」

 

 確かに当時の公安課長は今の部長だったし、今の公安課長が配属になったのは俺が既に教務課に異動してからだ。

 それでもロディネが特務にいたことは知ってるんだから単に勉強不足だろう。ロディネは自分の口で説明してやる気はない。

 

「ご存知ないなら俺の記録を見ればいい。俺はずっと塔にいるんだから、塔に来て以降の記録は全部残っているはずだ。何で俺がこうしてるのか」

 

 笑ったままロディネは立ち上がる。

 

「とりあえず俺は今後暫く公安の応援要請には従いません。導きもお断りします」

「あ……僕も。僕はロディネさんの物申す権利が何かは分かりませんが、少なくとも今回囮にされた訓練生の担当です。だから今回の件には物申す権利があります」

「私も右に同じです」

 

 ロディネに続いてコルノとアマリアも間髪入れずに同意する。結果オーライ、勝てば官軍でお互いの信頼関係やルールを無視するやつに誰が協力なんかするんだろうか。せめて囮にするなら最低限ちゃんと護れ。

 イレーネはエルンストの導き途中で攻撃を受けたから、タイミングが悪ければエルンストごと壊れてた。エルンストだって外傷はかなりあるし、ネロに至っては失明の危機の上、領域崩壊で死ぬ可能性だって充分にあった。

 

「……まあ、しょうがないですね。公安も調査も、どうせ部長の発案を丸ごと肯定したか、その意図を汲んだんでしょう? 部長と管制長のご両者が揃ってから正式にこの件はお話しましょう。それまで少なくともここにいる面々はそちらには行かせません」

「何……!」

 

 眉を寄せ、目を吊り上げた公安課長が発言する前に、教務の課長は笑みを消して上から発言を潰す。

 

教務うちは業務の特性上、導き手の所属割合がかなり多い。正式なパートナーではないとはいえ、自分が導いて面倒を見ている子どもを危険に晒されて、導き手が怒らないわけがない……お二方とも正直もう一度勉強し直した方がいい。貴方達は導き手軽視の傾向がおありのようですから。次は管制長と部長を交えて他の役者も揃えてお話しましょう」

 

 じゃあみんな行こうかと、うちの課長はにっこり笑って出口に向かう。ロディネ達もそれに倣って後をついていくが、果たしてどうなることやら。

 あと、今回の件に関してはレオナルドが何故あそこにいたのかを聞かないといけない。管制長がこんなことを許可するとは思えないが、果たして。


 

 なお、ロディネの発言はこの後色んな方向に波紋を広げていくことになるのだが、この時のロディネは今後の話の事ばかり考えていて、そんなことになるとは毛程も思ってはいなかったのだった。

 

 

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