第16話 地雷


 

「先生っ!!」

 

 ネロの声ではっと我に返ったロディネは、少しだけ冷静になり、その上でレオナルドと公安の面々を睨み据えた。改めて観れば管制長直下の特務部併任であるレオナルド以外の他の面々は特務ではない公安制御課の管制官だ。そもそもの話、管制長がこんな作戦に許可を出すとは思えない。恐らくは公安課長……いや、管制部長の独断だろうと思う。

 少しよろめきながら傍まで来たネロが、きゅっとつなぎを掴んでロディネを見上げる。痛々しく腫れている目を見て、それより大事な事を思い出す。そういえばさっき「目つぶしだ」ととっさに叫んだのはネロだった。

 

「ネロ、さっき閃光弾の事教えてくれてありがとな。この目、もしかして……」

「さっきの男と戦ってたとき、別の奴にあの光をぶつけられました。今はちゃんと見えています」

「やっぱり閃光弾のせいか」


 戦っていた時なら領域ゾーンに入っていただろうから、刺すような衝撃だったのではないだろうか。見えているとは言っても早く医者に目を診せてあげなくては。あとコルノが連れていったエルンストとイレーネも、他の訓練生も気になる。 

 

「……! ネロ、そういえばジーナは!?」

「ジーナさんならここだよ、ロディ」

「コニィさん!」

「ネロ大丈夫!?」

  

 心配そうにネロに駆け寄ってきたジーナ自身には怪我などなさそうだ。コニィは優しく微笑んでジーナを目線で見送った後、座り込んで頬杖をつくビアンカに手を差し出し、ビアンカがその手をぎゅっと握った。

 

「遅くなってごめんね。ビアンカさん、すぐ導きを」 

「ありがとコニィさん。……ロディ、他の子は私とコニィさんで探して連れてくし、その他の後終いは公安こいつらにやらせればいいと思うから、ネロとジーナを連れて拠点に戻って。特にネロは早く医者に診せとかないと」

 

 しっしっと手を振るビアンカの言う通りなので、お言葉に甘えよう。ジーナは特に問題なさそうだから自分で歩いて貰うとして。

 

「ーーっ!! 先生っ! 俺歩けます!」

「バタバタすんなー危ないぞ、落っこちるぞー? 見えてるとはいえ、医者に診て貰うまではあんまり目を使わない方がいい。出来るだけ目は閉じとけ。何なら寝ててもいいから」

「ネロ、先生の言うとおりにした方が……本当、目はともかく、無事でよかった……」

「う……ジーナ……」

 

 意見を無視して抱き上げたネロも、そうジーナに潤んだ瞳で言われると抵抗しづらくなってしまったようだ。よしよし。

 

「ほらペアの女の子に心配かけちゃ駄目だ。さっさと行こう」 

「ロディ」 

 

 じゃあ拠点に戻ろうかとジーナと手を繋いで歩き出した俺をレオナルドが呼び止めようとする。ロディネは振り返らずにしっしっと手を振った。 

  

「今ここで話すことは何もない。塔に帰って課長にも管制長にも報告して、役者が揃ってからきちんと話すべきことだ。こっちは訓練生のケアをするから後終いはお前らでやれ」

 

 正直ここにいるレオナルド始め、公安の連中はぶん殴ってやりたいし、ぶすぶす怒りは燻っているが、今は訓練生たちのケアの方が最優先事項だ。怒りを爆発させる場所は後日ちゃんとある。

 ロディネはしばらく背中に視線を感じながら、2人と一緒に山道を下りていった。

 

「エルンスト!」

「ネロ! ジーナも無事で良かった!」

  

 山を下りて拠点に戻ると、先に帰っていたコルノとエルンストが出迎えてくれた。エルンストのペアのイレーネは、一度目を覚ました時に同行してくれている塔専属の医者に診てもらったが、特に異常はなく、今はもう一度眠っているそうだ。エルンストも怪我の治療は済んでいるが、血塗れだった手はぐるぐると包帯が巻かれていてとても痛々しい。

 ネロも早々に診察を受けながらその隣にいるエルンストと話している。

 

「手は大丈夫? エルンストのおかげで何とか時間稼ぎが出来たよ。ありがとう」

「僕の声を拾って助けに来てくれたんだろう? なら巻き込んだも同然だからこれぐらい当たり前だ」

「これぐらい?」


 どういうことだと首を捻っていると、コルノとネロが説明してくれた。

 

「――自分で傷つけた?」

「はい。ネロの目が潰されて捕まりそうだったので……一か八かではあったんですが、ネロが気付いて僕も自由になれたなら一緒に抵抗が出来ると思ったので」

「かしこ。……凄いな」


 咄嗟に「匂いがあれば」と考えつくのも凄いし、そのために自分の手を流血するほど傷つける思い切りも凄い。もちろんその意図に気付いたネロも凄いと思う。ロディネは2人の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。

  

「エルンストもネロも凄いな! 2人ともよく頑張ったよ……遅くなって悪かった。でも頑張ってくれたから間に合ったんだ」

 

 ビアンカの言った「何か悪いこと」がどの程度か分からない以上、訓練は一応実施すべきだと判断して訓練生に気付かれないよう、ロディネかなり離れて様子を窺っていた。

 結果、最悪の事態にはならなかったものの、訓練生を危険に晒してしまった。他の子達は何も問題なくビアンカ達に回収されてくれているといいんだが、と祈るばかりだ。

 そう考え込んでいるうちに、ネロの診察が終わる。ぼろぼろ泣いたせいで目は腫れているが、導きも出来ているし、特に問題ない。ただ念のため3日程は目薬をさして定期的に冷やしておこうとのことだ。

 

「そもそも何でこんな所にグリーディオの特殊部隊がいたんでしょう?」

「それについてだけど……ちょっと事務官に塔へ連絡してもらおうと思うから、コルノも来てくれ。2人ともちょっとここで待っててくれな?」

  

 ネロ達を診察の場所に残して、ロディネはコルノを事務官のところに引っ張っていく。

 

「どうしたんですか、ロディネさん」

「それがな……今回の件、公安が子ども達を対グリーディオの囮にしたんだわ」

 

 一瞬ぽかんとしたコルノだったが、その意味に気付いてみるみる目に角を立てていく。

 

「……確かに最近、部分覚醒者や一般人の誘拐が増えているとは聞いた事ありますが……! それにしたってこちらに何の前情報もなく子供を囮にして、しかもこんな危険な目に合わせるだなんて……!」

「少なくともうちの課長は……今は知ってるかもしれないけど、出発前は知らなかったはず。今日のところは当初予定どおりこの町に泊まって明日帰塔、明後日以降早急にこの件についての話し合いの場を作ってもらう」

 

 ロディネとコルノは帯同した事務官数名に一足先に塔に帰り、急いで書いた報告書を教務課長と管制長付の事務官に渡すよう指示する。

 そんなこんなでバタバタしていたらビアンカとコニィが残りの訓練生を全員無事回収して戻ってきた。宿に向かってみんなに食事をさせたり休ませたりと動き回っていたら、もうすっかり日が暮れて夜になってしまう。やっと隙間時間ができ、ネロと2人きりになったところでロディネは深々と頭を下げた。

 

「緊急事態だったとはいえ、キスしてごめんな。本当に申し訳ない」

「ーーっ! は、はいっ!!」

「俺が言うのはなんだけど……嫌だったらノーカンにして記憶から消してくれ」 

「ノーカン?」

なかったことにノーカウント

 

 さすところだった目薬がネロの手から落ち、からからと転がる。ぷるぷる震えるわんことぶわっとみるみる顔を赤くしながら目薬を拾っているネロを見て、完全に切り出すタイミング間違えたかなと二重で申し訳なく思った。 

 

「う、ぁ、や……あ、あれがなかったら俺は危なかっただろうし……気に、しないでください! ぜ、全然嫌ではないですし! 先生が嫌じゃなかったらノーカンじゃなくて」

「ネロは心が広いな……俺なんかノーカンにしまくってるのに」

「ノーカンにしまくってる……!?」

  

 拾った目薬をネロが落としたところで、部屋にノックの音が響き、事務官がロディネを呼んでいる。 

 

「ネロごめんな! 今日は色々あったから早めに休んでくれ。目はちゃんと目薬さして、しっかり冷やしてな」

 

 結局その後もバタバタして、気づけば真夜中だ。一応部屋を覗いては見たが、ネロは眠っていた。

 一方ロディネは疲れているものの、目は冴えている。

 なら少し夜風にでも当たるかなと、宿には悪いと思いつつ、屋根に登った。虫の声を聴きながら星空を見上げていると、ふわふわの白猫がやってきて「にゃあん」と鳴いた。

 

「お疲れ、ロディ」

「ビアンカもお疲れ。コニィは?」

「コニィさんはエレナの寝かしつけして、そのまま休んでもらってる」

「そっか……ビアンカも休めよ? んー……! 問題はあったけど全員何とか無事でよかったよ……」

 

 しかし何にも問題がなければ、コニィもいるし久々に職員同士で少し呑むことも考えていたのに。とてもじゃないがそれどころではなく、非常に残念である。

 

「私の勘も外れたね」

「んー? 当たってただろ」

「そこまでじゃないから大丈夫って言ったけど、そこまでだった」

「ああ、それは確かに」 

 

 まあでもそれはしょうがない。結果的にみんな命に別状はなく、誰も欠けることなく、揃って塔に帰れるのだから、今日のところはよしとしたもんだろう。

 はてさて塔に帰ったらどうしたもんかなと、ロディネは生温い夜風に当たりながら、来るべき舌戦に向けて心の中で静かに臨戦態勢に入っていた。

 

 

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