第15話 鳥は飛ぶもの

 

 

「あっちゃあ……飛燕ちゃんてば罪作りだねぇ! まあでも子犬パピィが案外大丈夫そうでよかったよかった」

 

 心配したからねぇと戦いながら男が嗤う。


(しかし……ビアンカも全力ではないとはいえ、ほぼ互角とは……こいつは何なんだ? )


 この男はこんなに強かっただろうか。空白期間ブランクがあり過ぎて分からないが、ロディネとしては、もう少しビアンカが圧倒――倒すとまではいかないまでも撃退出来るかと思っていた。

 ビアンカも一旦距離を取り、苦々しい表情を浮かべている。どうやら同じ気持ちのようだ。

 

「……こんなに互角とは思わなかった」

「白猫ちゃん達には特別に教えてあげるね。おっちゃんはね、これでもちゃんと絆を結んでるんだよ」

「――う……嘘だっ!」

 

 一瞬固まったあと、「誰だこんな変態とパートナーになるなんて」というビアンカの叫びには完全同意する。だがこの男が自己申告通り絆を結んでいる番人であるならば内容的に軽く考えてはいけない。

 番人の能力は結局五感に依存するので、加齢とともに衰える部分と冴える部分が出てくるが、基本的には若い方が有利。けれど能力はビアンカが上でも、この男は自分達とは比べ物にならないくらい老獪だ。曲がりなりにも長年第一線で、しかも番人も導き手も一般人も一定以下ならばある意味等しく消耗品のように考えるグリーディオという国で、海千山千乗り越えてきている番人だという点には敬意を表し警戒をすべきである。

 そう考えたロディネは、ネロの様子を見つつ参戦のタイミングを計っていた。

 ネロは今のところ大丈夫そうではあるが、ぴーひょろろろ……と鳴きながら、揶揄うように頭上をくるくる飛んでいる鳶を腫れた目で不思議そうに見ている。そのぼんやり具合に大丈夫だろうかと精神感応テレパスで話しかけて確認するが、返答はしてくれたし、盾は元に戻って安定していた。なら危機は脱しているから、とりあえずは大丈夫だろう。口でも繰り返し名前を呼んで声を掛けると、ネロは驚いたように返事をした。

 

「あっ……ごめん、なさい。ぼーっとしてました……」

「大丈夫か? 悪いけど俺はビアンカと一緒にあのおっさんと戦うからちょっとここにいてくれな? 何かあったらすぐ大声出してくれ」

「――はいっ……先生気を付けてください」

 

 鳶に向けていた目をこちらに向け、しっかり見据えるネロの隣でわんこも目をしぱしぱしながらしっかり吠えて答える。ネロの頭をくしゃくしゃと撫でてからロディネは戦闘に合流した。

 近くで見れば圧倒は出来ていないものの、ビアンカが優勢ではあるようだ。だが決定打が与えられないのと、生理的嫌悪で精神的に消耗しているように見える。

 

「ビアンカ、あんま無理するな。俺も戦う」

「ネロが大丈夫ならお願い。こいつ思ってた以上に強いしウザい」

「能ある鷹は爪を隠すっていうでしょ?」

「あんたらは人のものを掻っ攫う鳶だろうが」 

 

 猫の女王ケット・シーの姿からビアンカが普段の姿に戻っていく。番人の能力を全開で発揮されるとついて行くことは難しいが、ある程度レベルを合わせて貰えれば、幼少期からの幼馴染で同じ釜の飯を食った仲間だ。互いの癖や意図は導きなしでも何となく察することは出来る。

 

「近くにこのおっさんの仲間はいそうか?」

「仲間かどうかは分からないけど、近づいて来ている何かはいる。少なくともコニィさんではない」

 

 ロディネには木々のざわめきと鳥の鳴き声しか聴こえないが、ビアンカの耳にはしっかり聴こえているようだ。敵なら不味い。

 ただジリ貧なのは相手も同じ。グリーディオの人間がどれだけこの山に侵入しているのか知らないが、合流しなければ導きは出来ないし、合流したとしてもみすみす導かせて回復させる気はない。そうすればこの男はいずれ領域崩壊を起こすか、その前にロディネ達に捕まるかだ。

 自称絆を結んだ番人とはいえ、2人を相手取って圧倒するような力は幸いにもない。微妙に獣化して繰り出してくる爪撃を躱すと、ビアンカがロディネの背を登って跳躍し、男の背後に回る。そちらに気を取られた隙にロディネは男の肩を掴んで木の幹に叩き付け、腕を捻りあげてぐっと押さえつけ動きを封じた。

 

「あぁ……白猫ちゃんはもちろんいいし、飛燕ちゃんやっぱいいよねぇ~……導き手としては一級、下手な番人より高い戦闘力……ねえ本当にグリーディオに来ない?」

「断る」


 普通なら絶対絶命だろうに、それでも男はによによと嬉しそうに嗤っている。さすが変態。


「アニマリートの子達はさ、うちの国を何だか誤解してるようだけど、実力があればとっても生きやすいんだよ? 飛燕ちゃんクラスならお金もいっぱい貰えるし、男でも女でも選り取り見取りだよ?」

「断る。グリーディオの弱い番人や、特に導き手に対する非人道的な扱いは虫酸が走る」

「あや、難しい言葉使うね。でもさぁ……うちが駄目でも飛燕ちゃんは正直何でアニマリートに固執すんのかよく分かんないなぁ。金獅子くんと契約すると思ってたから、それならまぁこっちに来るのは無理だよねとも思ってたし、それで戦場で見なくなったのかと思ってたけど……見る限り飛燕ちゃん誰とも絆を結んでないよね?」 

「ただでさえ変態なのに、おしゃべりな男は嫌われるぞ。おっさん」

「美しく戦場を舞い飛んでたつばめがずっと肩にいるのは何でかなぁ? 何かあった?」

「……キモい」

「あはっ! 図星かぁ。これはこれはいいネタがいくつも手に入ったし……今回は撤退するよぉ。次は是非情報じゃなく誰かを手土産に持って帰ろ~」

「あっ! しまった!」

 

 一瞬の隙をつき、ロディネの拘束から逃れた男が逃げていく。ロディネは追いかけようとしたが、地形の理を活かした逃げ方をしていて、追いかけても恐らく追いつけない。

 

「じゃあねー……あっそうだ白猫ちゃん! 絆を一体いつ誰と結んだの? おっちゃんの知ってるやつ!? それだけ教えて!!」

「黙れ待てこの変態!!」

 

 嗤いながら逃げる男。

 しかし、逃げられてしまうと思ったその瞬間、男はロディネの目の前で何者かの攻撃を受け、後ろに吹っ飛んでいく。

 

「痛ぁ……あーやっば……罠だったかぁ。こんな手を使うなんて意外や意外」 

 

 どう見ても大ダメージだろうに、やっぱり嬉しそうな男がひらひらと手を振ると、がるると聞き覚えのある唸り声が聴こえる。

 

「金獅子くんだ! おお、怖い怖い。ただいくら強くても君はそもそもあんまり好みじゃないし、どう足掻いてもうちには来ないでしょ? お呼びじゃないんだ」

「抜かせ。他のは全部捕まえた。残るはお前だけだ」

「レオン……?」

 

 見ればレオン――レオナルドが男に向かって戦闘態勢を取っており、その隣で獅子が尻尾を鞭のように地面に打ちつけている。レオナルド以外にも見知った顔がちらほらいる。

 何でだ? この山は塔から大して遠くはないが、近いわけでもない。そんな場所に公安の人間がこんなに勢ぞろいして、レオナルドまでいるのは可笑しい。

 

「いんや! おっちゃんはこのままお暇するよぉ。捕まっちゃった他のグリーディオの子達は、まあ、幸運あれフィールグリュー! 金獅子くん! 残念ながら捕まえた子はみんな大した情報は持ってないよー」

「目つぶしです! 目を閉じて!!」

 

 ネロの叫びに反応し皆が目を閉じる。

 かっと閃光弾が炸裂し、光が収まる頃には男は消えていた。

 

「くそっ……また何か変な道具を使ったか……しかし何故ロディ達がここに……?」

 

 そうかビアンカの能力か、とそのほんのり忌々し気な声音でロディネは理解した。

 理解した瞬間ロディネはそのままレオナルドの顔に向かって蹴りを入れる。予想通りあっさり受け止めたレオナルドから足を引っ込めて、思い切り睨んだ。

 

「……お前ら、訓練生を、囮にしたな……?」

「あーあ。ただでさえ微妙だったのに最大の地雷踏んじゃって馬っ鹿みたい、本当笑えない」

 

 地面に座り込み、頬杖をついてそう言ったビアンカの呟きにすらイラつくほど、ロディネは激怒していた。

 

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