第14話 嫌な予感


「今日の訓練、何か悪いことが起きる気がする」

「おいマジか」

 

 塔外訓練当日の朝一番。みんなで訓練の準備をしていたところに出勤してきたビアンカがいきなりそんなことを言い出した。女の勘だなんだと本人は茶化して言うことが多いが、これはかなり信憑性が高い。

 番人は相性のものすごくいい相手――陳腐な言い方をすれば「運命」の相手と絆契約を結ぶと、能力が安定するのはもちろんのこと、魂獣の姿が変わったり、五感に頼らない能力である第六感に目覚めることがあると言われている。ビアンカと旦那のコニィはまさにそれだ。第六感については諸説あり、ロディネはどちらかというと五感の到達点が第六感であるという説派である。そしてビアンカの勘は程度の差はあれど、外れたことがない。

「中止した方がいいかな」と問う課長に対し、そこまでではないとビアンカが答える。

 

「けど念のためコニィさんも連れてく。だから予定通り実施で私らが気を付けよう」

「分かった」

 

 そういったこともあり、今回ロディネ達はそれなりに態勢を整えて訓練に臨んでいた。番人はビアンカがいれば事足りるので、回復要員としてロディネとコルノが共に巡回を行い、ビアンカの夫コニィは2人の娘であるエレナとともに拠点で待機している。

 そしてビアンカの嫌な勘は予想通り当たり、ロディネ達は山の中で、アニマリートと関係の良くない隣国グリーディオの特殊部隊と対峙していた。

 グリーディオは覇権主義的思想を持っているこの世界の問題児であり、小国に戦争を吹っかけて併合する、有望な人材を引き抜いたり酷い時には拐ったり――特に優秀な子どもを拐って洗脳紛いのことをするなど、人を消耗品のように思っている。

 今ロディネの目の前にいる覆面の男は、とびの魂獣を持つ曲者の番人で、才能ある番人や導き手を見ると大興奮するという癖があるド変態である。今回この男がここ訓練生にちょっかいをかけているのは、番人や導き手の子供を拐うのが目的だろうが、こんな大胆不敵な行動を取るなんて一体どういうつもりだろうか。

 

「ロディ、この変態は私が引き受ける。ネロとエルンストの導きを――「"白猫"ちゃんに……"飛燕"ちゃん!? 戦場で見ないと思ったらこんな所にっ!?」

「その恥ずかしい呼び名は止めろぉ!」 

 

 ばっと覆面を取って目をキラキラさせて頬を赤らめる髭面の中年にロディネは怒鳴った。番人や導き手は連れている魂獣の特徴などで二つ名をつけられたりするのだが、ビアンカの"白猫"は見た目そのまんまだが、ロディネは何故か"飛燕"と呼ばれていた。

 正直とても恥ずかしくてロディネ的にはかなり不本意な二つ名である。 

 

「え~……"飛燕"、格好いいのにねぇ……しっかし白猫ちゃん久し振りだねぇ……! 飛燕ちゃんに至っては何年振りかなぁ……!」

「ホント相変わらずきっしょ……」

 

 ビアンカが塵を見るような目で、はぁはぁ興奮しているグリーディオ国の番人を蔑み、魂獣の白猫もシャーッと思い切り威嚇している。白猫姿だったビアンカの魂獣は、威嚇をしながら膨れ上がり、猫の女王ケット・シーに相応しい、空想の物語に出てくる獣人のような姿に変化していく。

 

「――――!! 白猫ちゃんってば……! 絆を結んだんだねおめでとう!! パートナーと一緒にうちの国においでよ歓迎するよぉ……! 飛燕ちゃんもさぁ、そっちの子犬と一緒においでよぉ!」

「グリーディオってだけでも有り得ないのに、こんなキモい番人のおっさんがいるとか、なおのこと有り得ない」

 

 しゃーっと威嚇しながらケット・シーがビアンカと重なりビアンカ自身が獣人のような姿になる。心底嫌そうな顔の双眸が射殺さんばかりにきゅっと締まり、爪撃と中段蹴りを繰り出す。

 男はそれを腕で受けて土煙を上げながら思い切りノックバックした。防いだとはいえ切り裂かれた袖からは血が出ていて多少は痛いだろうに……男は何故か更に嬉しそうに目をキラキラさせている。

 

「うわぁ……! 凄いねぇ強くて可愛い……! 可愛いねぇ……!!」

「うぅぅぅ……キモいぃぃぃ……!」

 

 このおっさんが気持ち悪いという意見には全面同意しつつ、戦闘はビアンカに任せておけば問題ないだろうとロディネはネロの元へ駆け寄った。傍で伸びていたグリーディオ国の男を拘束してから倒れているネロを抱え上げると、少し離れたところで倒れるエルンストが必死に身を起こそうとしている。どうやらエルンストは能力の使いすぎではなく、普通に怪我をしているようだ。ロディネはネロを抱えたままエルンストの側に走った。

 

「エルンスト! 大丈夫か!?」

「ぼ、くは……何とか……ロディネせん、せ……お願い、お願いします……! ネロを、ネロを助けてください……! 先生なら、きっと……」

「任せろ。エルンスト、見た感じ君も怪我してる。導きは必要か?」

「それは大丈夫です……でもイレーネが……僕の、導きをしてくれている時に……攻撃を受けたので……そちらの方が……」

 

 それは確かに危ない。でも導きを受けていたエルンストが無事という事はイレーネの導きは無事成功している。なら気絶しているだけだとは思うから、拠点で手当してもらえば大丈夫だろう。

 

「ネロは俺が必ず助けるから、君は拠点に戻って治療に専念しろ。イレーネは多分気絶してるだけだから大丈夫。でも導き手の精神や盾は番人と違って即時回復手段がないから回復したら念のためイレーネについてやって欲しい。コルノ!! エルンストとイレーネを連れて拠点に戻ってコニィにここを知らせろ!」

「了解です! ネロは!?」

「ネロはここで導く!」

 

 顔を歪めつつ必死に起きようとするエルンストを止めてコルノに指示をし、ネロの様子を確認する。頭を打ったり大怪我をしたりといったことはなさそうだが、目はうっすらと開いているが光なく、瞼は泣き腫らしたように真っ赤に腫れて、ぱっちりした二重は見る影もない。やはりネロは孤児院での生活がかなり心的外傷トラウマになっているからか領域崩壊ゾーンアウトの影響の進みが早いように思う。意識もなく呼吸も止まりかけていた。

 

「ネロ! しっかりしろ!!」

 (ネロ、ネロ! しっかりしろ!! )

 

 口でも精神感応テレパスで呼び掛けても反応がない。額や頬、色んな箇所に触れても、手を握っても反応がどんどん弱まっているし、盾自体もう……がたがたでネロの姿を捉えることが出来ない。このままでは――。

 みるみる生きている反応が目減りしていくネロを手をこまねいて見ているわけにいかない。同意は得られないが仕方がないとロディは覚悟を決めた。

 

「……ごめんな。後でいくら怒ってもいいから我慢してくれな」

 

 緊急時には粘膜接触での治療が一番だ。

 そう判断したロディネはネロに口づけをし、自分の舌を咥内に侵入させた。ある程度であれば意思疎通関係なく深層での治療が出来るし、盾を再構築する力も強い。

 ただ、程度はあれど性的接触に変わりはないのでアニマリートでは同意のないこれは禁止されている。ちなみにグリーディオでは能力の高い絆契約以外を結ぶことが許されず、導き手は番人専用の娼婦のような扱いをされているらしい。それもあってこの国の番人や導き手はグリーディオに対し嫌悪感を抱くのだが……まあそんなことは今はどうでもいい。

 ネロを助けるんだ。諦めるな、心を閉じるな、少しでも足掻いてくれたら俺は絶対に助けるからと思いながら窒息しないよう、小さな舌に自分の舌を絡めた。口から唾液がたらたらと零れていく。意識がないものの弱弱しく舌が動いて、それに呼応するかのように、ロディネはネロをぼんやりと捉え始めた。 

 

 (せん、せ……?)

 

 ――見つけた。

 盾を失って自分を守るために全てを遮断して隠れていたが、ロディネが来ると信じて心の鍵を閉めず、ロディネが入れる隙間を残してくれていた。

 

 (俺が言ってたことちゃんと覚えてくれてたんだな)

 (せん、せ……やっぱ、助けに……くれ――……って)

 

「って……? ――――!? ん、ぅえぇぇぇ!!?」

(あ、気が付いた。思ったより元気そうだ)


 舌を戻して唇を離し、額と鼻先が掠る距離からいつもの距離に戻る。目は変わらずパンパンに腫れているが、思い切り見開いている。まあ、そりゃそうだよな。多分初めてのチューだ。本当にごめん。

 

「本当にごめんな……あとでこの件については話をするし、ちゃんと謝るから! とにかく今はあいつらをどうにかしないといけない」

 

 驚きふためいているネロを、ぎゅっと抱き締めて頭を撫でてから地面に降ろし、ロディネは戦闘中のビアンカ達に目線を向ける。加勢をするタイミングはどこだろうかと注意深く見極め始めた。

 

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