第13話 闖入者(ネロ→敵視点)


 "くそっ! イレーネ! 離せっ……”

(この声はエルンストだ……! )


 喋ると相手に聞こえてしまうかもしれない。そう考えたネロは、立ち止まってきょとんとしているジーナに向かって、しぃっと口に人差し指をあてて見せ、再び手を差し出す。察したジーナは手を握り精神感応テレパスで返してくれた。

 

 (……何かあった? )

 (エルンスト達が誰かに襲われている……のかな……? 俺が行ってみるから、ジーナは先生達に知らせて)

(1人で大丈夫なの……?)

(分からないけど、一緒に行って2人ともが捕まるよりは片方が先生達に知らせる方がいいと思う)

(……分かった。ネロ、無理しないでね)

 

 ネロは頷いてジーナの手を離し、声のした方向へ駆ける。

 辿り着いた場所では山に溶け込むような模様の服を着た2人組がいて、エルンストと導き手のイレーネはぐったりした状態で覆面の男に抱えられていた。

 

「お。もう1人来たか」

「あんた達は何だ。エルンスト達に何をしてる」

「俺達は子どもの能力者を捕まえている人間だよ?」

「おい余計なこと言うな。しかし番人は何もしなくても勝手に察知して自ら捕まりに来てくれるが……導き手が見当たらない。まあ近くにいるだろ」

「――2人を離せッ!」

 

 ネロは伸ばしてきた男の手を避けて、そのまま蹴りを入れた。横から捕まえようとした別の男のお腹にも肘鉄を入れるがあまり効いてはいない。お腹に肘鉄を入れた方の誘拐犯は痛そうにお腹を擦り、手を蹴っ飛ばした方は何故か嬉しそうにちっちっと呼ぶように舌を鳴らした。

 

子犬パピィ、素早しっこいなぁ。おやつあげるからおいでおいでー」

「ふざけんな!」

 

 戦うとなると、ネロでは力が弱すぎてどうにもならない。しかしネロはもうすでに標的になっている。ならばこのままジーナが逃げる時間稼ぎをして、出来ればエルンスト達を助けないといけない。

 

「ちょこまか素早しっこいなぁ」

「合間の攻撃が地味に鬱陶しい!」

 

 ネロは視ることに集中して相手の攻撃を避けていく。自分の攻撃が効いてる気はしないが、ネロの側も相手の攻撃を受けたり捕まったりしそうだという感じは全くしていなかった。


(こんなのに捕まるわけないな)


 能力を解放したネロから見れば、敵の動きはとてもゆっくりだ。指導陣曰く、ネロは動くものを見るのが得意だから、領域ゾーンに入れば相手と体感する早さが違うのだと。この感じなら領域崩壊ゾーンアウトにさえ気をつけていれば、少なくともジーナが先生達に知らせる時間稼ぎはできそうだと、ネロは相手の攻撃をひたすら避け続ける。

 ただ、感覚の扉を開け閉めするたびに、自分の中の盾が急激に薄くなっていく感覚がする。


(ちょっと不味い。体力的にもそろそろ不味いかもしれない)

 

 そう思い始めた矢先、ネロを子犬パピィと呼んでいた軽口の男の雰囲気が揺らぐ。

 ばっと身構えて警戒していると、別の男に捕まってぐったりしていたエルンストが目を覚まし、魂獣の軍用犬と共に大きく吠えた。

 

「……ネロっ! そいつは番人だ! 逃げろっ!!」

「あや、ばらされちゃった。ま、ここは遊ぶのに適してないからそろそろ捕まえとくかぁ」


 何かの羽ばたきともに男が嗤う。

 そしてそれと同時に何かが光って弾けた。 


「ーーっ……あぁぁっ……!!」 

「ーーおいッ! 領域に入っている未熟な番人に閃光を当てるなんて失明させる気か! その子も当たりだが、この子は見たことない魂獣を連れてる! 大当たりだぞ!」

「すまない……埒が明かないと思ったから」 

 

 ネロは一瞬何が起こったか分からなかった。

 キャインと悲鳴のように鳴く犬の声が聴こえると同時に、光が目を貫き、さっきまで軽口だった男が慌てて仲間を怒っている。

 しかしネロはそれどころではない。目が開かない。なのに涙が溢れて止まらなくて、目を押さえて踞る。目が開いたとしても見えるかどうか分からない、痛みとも違う、衝撃だった。

 

「――おい、おいッ! ネロ! 大丈夫か!?」

「……っ! うぅぅ……!」

「可哀想に……本当にごめんね。……ま、大人しくはなったから、導き手を適当に捕まえて治させるか、うちの導き手に治させるかするから子犬パピィや、おっちゃん達と一緒においで」

 

 男は優しげに語りかけ、踞っているネロの腕を掴む。


(怖い。嫌だ。怖い)


 何処へ連れて行く気なんだ。一気にぞわりと鳥肌が立った。

 ネロは恐怖と一緒に、心盾シールドが脆くなっているのをありありと感じていた。このいろんなものが剥き出しになっていく感覚には覚えがある。

 またどこか連れていかれて、孤児院の時みたいな思いをしたりするんだろうか? 

 怯えながら自分の意識が沈みそうになるのを感じていると、ネロ脳裏にロディネの顔が浮かんだ。


(俺は先生にももう、会えないんだろうか……。いやだ……)


 ネロは泣きながらいやいやと弱々しく首を振る。するとしゃらりと小さな音が鳴った。

 

(先生のくれた――)

 

 "もし何かあっても諦めないで、足掻いてくれ。そうしてくれたら俺が、領域崩壊ゾーンアウトしたとしても、必ず助けるから"

 

(そうだ。先生は必ず助けるって言っていた。なら俺はそれを信じて出来ることをしないと)


 例え領域崩壊してしまったとしても。

 ネロは自身を掴む男の手に思い切り牙を立てて噛みついた。

 

 +++

 

「あいてて……」

 

 ふぅふぅと噛まれた箇所に息を吹き掛けながら、これは本気で噛みちぎるつもりで噛んだなと男は思った。目の前の少年の目からは涙が壊れた蛇口のように流れ続けていて、滲みや歪みすら見えないレベルだろう。

 それにしても、先程までもう折れる寸前だったのに息を吹き返した。ぐしゃぐしゃな顔のまま暫定犬とともに、ぐるると敵意を籠めて唸っている。

 

 ただ目へのダメージに加え、先程からずっと感覚を研ぎ澄ませた領域に入りっぱなし、そろそろ本当に不味いだろう。

 この年頃なら能力覚醒プレゼニングしたばかりで能力も安定していないし、実戦で長時間領域の状態を維持するのは大人の番人でも難しい。早く捕まえなければ。領域崩壊がいつ起こってもおかしくない。

 

 今度こそ冗談抜きで本腰を入れようと男は構えた。とは言っても体力も気力も消耗し、視力を失った子どもの番人などに負ける気はしない。ばさりと自らの魂獣である鳶が、羽ばたくと同時に徒手を繰り出したが……。

 

「がッ……!」

 

 少年はそれを一重で避け、そしてそのままもう一人の番人の少年と導き手の少女を捕まえていた一般人ミュートの同僚にいきなり襲い掛かった。

 その攻撃に同僚が面食らった一瞬を、抱えられていたもう一人の少年は見逃さず顎を打って昏倒させる。そっと導き手の少女を木に持たれ掛けさせ、構えた軍用犬の子犬パピィはそもそもの身体能力が高いようだ。


(しかし……力は本気ではなかったが、自分が繰り出した当身の速度は本気だった。それを目が見えない状態で避けるだけではなく、迷うことなくあのバカに攻撃を……? )


 そう思って地面に転がる同僚を見やると、同僚の服には血が所々についていて、軍用犬の子犬パピィの方は手が血に塗れている。

 

「あっ、なーるほど……そっちの子犬パピィの血の匂いかぁ」

 

 目が見えないこの子が戦うために、自分の手を傷付けて血をつけたと。


(これはこれはなかなかいい判断だ。どっちも当たりかな)


 男は嬉しく思った。このアニマリート国は優秀な番人や導き手を多く有しているが、特に優れた者は他国からはその魂獣を絡めた名で呼ばれている。1番有名なのは"金獅子"と呼ばれる獅子ライオンを魂獣に持つ番人だが、この謎の暫定犬を連れた少年はその"金獅子"クラスになれる可能性を秘めているのではないだろうか。そしてもう1人の少年も能力はともかく、身体能力が高そうだし、頭が良さそうだ。

 

子犬達パピィズやるねぇ! じゃあおっちゃんも本気で行くよ!」

 

 声に反応し、ピリピリと警戒を強める2人を可愛いなあと男が思っていると、暫定犬を連れた少年が電源が切れたかのようにその場に崩れ落ちた。

 

「ーーネロっ!?」

「……あっちゃあ……やっぱ領域崩壊しちゃったか。そのままじゃ不味い。その子をおっちゃんに渡しな」

「信用できるわけがないだろうが!」

 

 倒れた少年を庇うように立つ少年には悪いが、早急に導きを受けさせないといけない。

 

「うーん。ごめんな」

 

 男は庇う少年を蹴り飛ばし、倒れたネロに手を伸ばした――その瞬間、パァンと鞭で打たれたように、男の手が弾かれた。

 

「はいグリーディオ国のおっさん、そこまで」

「うちの子達に何してる。この盗人が」

「……うっわ、久しぶりじゃん……!」

 

 男が手を擦りながら声のする方を見れば、かつてこの子犬達のように将来有望だった懐かしい顔の番人と導き手が、怒り心頭といった様子で自分の事を睨んでいる姿が見えた。

 

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