第11話 新しいクラス


 

 塔の指導カリキュラムでは、共通事項を学んでから能力等の検査をし、能力ごとにクラスを分け、しばらく学んだあとに希望や適性でまたクラスが分かれる。

 訓練生はみな能力覚醒プレゼニングした成人前の子どもだが、塔で学ぶ一番の目的は、その能力の制御を覚える事である。だから一般人に近いような能力の子は、能力の制御が問題なくなれば早々にいなくなってしまうことも多い。

 今日から新しいクラスが始まるので、俺はネロと一緒に新しいクラスの皆との顔合わせに来ていた。新しいクラスと言っても俺がネロについているように番人の子には導き手、導き手の子には番人といった風にそれぞれ担当の教務課職員がいて、個別に学ぶことの方が多い。こうやって集まるのは共通的な学習や塔外訓練だけだ。そしてこのクラスは全部で10人、言ってしまえば能力が高い子ばかりが集められた少数精鋭のクラスである。

 ロディネは後方の壁にもたれて皆で訓練生が話し合う様子を眺めながら他の担当……主にビアンカとコルノと駄弁っていた。決してサボっているわけではない。

 

「意外に打ち解けてるね」

「めっちゃ緊張してるけどな」

 

 子どもたちは少人数だから皆で椅子をがたがた寄せ合い、魂獣を自分の前に座らせたり、膝に乗せたりしてお互い自己紹介している。ネロの前でわんこはぴしっと澄まし顔をしている。いつもは、にぱっと笑ったような顔をしているので、今は完全によそ行きだ。

 子ども達のうち、番人はロディネが担当しているネロと、コルノが担当しているエルンストという男の子、アマリアという職員が担当しているティーラという女の子の3人で、部分覚醒者パーシャルの男女が2人、あとは導き手の子で、男の子が2人、女の子が3人だ。

 番人、部分覚醒者と導き手は男女ペアで組まれ、これはカリキュラムが修了するまで固定ではなく、相性を見て入れ替えたりする。ネロの最初のペアはリスの魂獣を持つしゃきしゃきしたジーナという女の子だ。正直導き手は番人に対する精神共感エンパスがあって、それ程合わないなんてことはないから、駄目だから変更というよりは、より良い相性の人間に変更といったところである。

 

「相変わらず男女ペアに拘るよね。お見合いパーティ? 番人も導き手も遺伝じゃないっつーに」

「まあ少子化問題もあるし、絆契約を出来るだけ男女で結んで欲しいってのがあるから多少はしゃーない」

「ビアンカさんとコニィさんみたいになって欲しいんでしょうね。まあどうしても異性が駄目なら同性のペアに変更も出来ますし、目くじらは立てなくてもいいのではないでしょうか?」

 

 現在絆を結んだ番人と導き手に限り同性婚が認められているアニマリートではあるが、国の中枢としてはやっぱり男女で結婚して子どもを作って欲しいというのが本音である。

 

「でもさ、好きな人と結婚出来ないとしても、番人とか導き手とか一般人とか関係なく『結婚出来ないから別の人にしよ!』ってなるぅ? 単に一生独身を貫く事になるだけだと思うけど」

「そこには同意するけど、まあ……『別の人にしよ!』ってなるやつもいるから中々上手くいかないんだろ。それよりそんなこと言ってる間に塔の研究課が同性同士で子を作る方法を確立させて、掌くるんとする方が早いんじゃないか?」

「確かに。あいつらいい意味でも悪い意味でも狂人クレイジーなんだもん」

「あーその方が絶対早いですね。実際研究してるんでしょ? 違法にならない方法で研究してるからまだ実現してないだけで、その辺取っ払ったらあっという間に実現すると僕は思います」

「……先輩方、一応仕事中なんでもうちょっと子どもたちに集中してくださいな。特にビアンカ先輩、総括担当なんですから」

「まだみんなで話ができてるから大丈夫だよ」

 

 アマリアが栗毛馬の魂獣とともに、呆れた顔でこちらを見ている。彼女は元の性格もあるけど、教務課1年目だからかすごく真面目だ。もうちょっとリラックスしないと逆に番人の子が不安がってしまうので、後で話をしておこう。

 

「まあまあアマリアそう言わず。ちゃんと見てはいますよ。しかしエルンストはいつもと変わりないなぁ。とても真面目で真面目過ぎ……ただそれはいいところでもあるので、もうほんの少しだけ肩の力を抜く術を覚えて欲しいんですけども」

「エルンスト、勉強もめちゃくちゃ出来るもんな。検査の時もまだまだやれます頑張ります! って感じだったし。もしあれなら俺らと一緒に飯でも食って話してみるか? コルノも言ったって俺やビアンカよりはずっと真面目じゃん」

「ちょっと、ロディと一緒にしないでくれる?」

「お前は俺と同類だろ」

「……ロディネさんと、か……うーん……ちょっと考えますね」

 

 そんなに俺は駄目なのだろうか。微妙な顔をするコルノに微妙に傷つく。少ししょぼくれているとさっきまで呆れ顔だったアマリアがくすくすと笑った。彼女は美人だがいつもかっちりしていて表情を崩さないので近寄りがたい雰囲気がある分、綻ぶように笑うとかなりの破壊力がある。ビアンカも美人だけど、魂獣の雰囲気そのまま猫っぽい気まぐれな感じだ。

 

「まあでも、同世代の同じような能力の子達と切磋琢磨して少しは柔らかくなるかもしれませんし我々が気を付ければいいだけです」

「そうそう」

「ビアンカ先生、自己紹介終わりました」


 ちょっと綺麗な感じで締めたアマリアに便乗して頷いていると、エルンスト少年がビアンカを呼ぶ。

 

「はーい、お疲れ様! じゃあ今度実施する塔外での訓練について説明するねーー……」

 

 そう教壇に立つビアンカを眺めながら、ロディネは今日の夜にネロからどんな話が聞けるだろうかと楽しみにしていた。

 

 +++

 

「初顔合わせどうだった?」

「みんな犬に興味津々でした」



 一緒に晩飯を食べたあと、風呂を済ませて部屋に来たネロにミルクジェラートを渡し、ロディネは苺のジェラートを冷蔵庫から取って椅子に座った。

 犬に興味津々、それはそうなるだろう。自分が他の子の立場だったら絶対わんこが気になるもんなと思いながら、ジェラートを食べようとしたが、固くてスプーンが刺さらなかった。見ればネロも手でカップの周りを押さえて溶かしている。どうやら冷凍庫で冷やし過ぎてしまったようだ

 

「これ固いな、ごめん。でさ、わんこに注目集まって嫌だったか?」

 

 ちょっとは溶けたかな、という風にジェラートの縁をさらって口に入れたネロは小さく首を横に振った。

 

「ううん、話のとっかかりになってよかったです。エルンストとは魂獣が犬同士だし。ティーラも狸だから似たようなものだし」

「エルンストの犬は軍用犬でよく見る犬だから、ネロのわんことは全然タイプが違うけどな」

「軍用犬!」

 

 うわぴったり! と笑うネロに、ペアになった導き手のジーナはどうだったと尋ねると、いい子そうでしたと笑った。

 

「魂獣のリスも可愛かったです。ていうか導き手の人って基本的に優しいですよね。精神共感エンパスがあるんだとしても、今のところみんないい人ばかりだと思う」

「俺も含めてな」

「……はい……そう、ですね」

「おい何だその間は」

「いたたたっ! いや先生は優しい、し……俺はだ、大好きですよっ!?」

 

 こんにゃろうとネロの鼻を摘まめば、「先生は急に好戦的になる時あるから、一瞬それが浮かんで間が空いただけです」と慌ててふがふが弁明している。つばめもわんこの額をツンツンしていてわんこがきゅんきゅん鳴いている。まあ、そういうことにしておいてやるかと手を離す。ロディネが地味に負けず嫌いなのは事実である。

 

「それはまあいいや……で、どう? 上手くはやれそうかな」

「はい。一緒に何かしたりし始めたら、また変わって来るかもですけど」

「それは人間だからしゃーないな。同輩だけど好敵手ライバルにもなっちゃうわけだし。何かあったらすぐに言うようにな」

「はい」

 

 そして来週はいよいよ塔外での訓練がある。ネロは塔に来る前の孤児院時代もほとんど外に出たことないらしいし、塔に来てからも敷地外に出ていない。初めての山だし、夜は町に泊まることになる。訓練の次の日は自由時間があるし、他の訓練生と仲良くして楽しんでくれたらいいなと、ロディネはやっと柔らかくなってきたジェラートを食べながら、呑気に思っていた。

 

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