第10話 ハッピーバースデー


「ロディネさーん、業者の方がお見えになってますけど」

「あ、はいはーい! ありがとう!」

 

 ロディネが教務課で事務仕事をしていると、事務官が業者を執務室に連れてきてくれた。礼をしながら応対に向かうと、業者はにこにこ笑顔でとても丁寧な礼を返してくれる。

 

「この度はご注文いただきありがとうございました。お品をお持ちしましたのでご確認をお願いします」

「おー……! ありがとうございます」

 

 まるで高級な宝石を扱うかのように、指紋や汚れがつかないよう、布の上に乗せて差し出してくれた。確認すると、注文通りきっちり文字を入れてくれている。

 しかし思っていたより随分と色が赤い。もっと赤銅色っぽいのを想像していたけれど、がっつり赤い。まあでもこれはこれで綺麗だ。白く刻まれた名前も、頼んでいた言葉も誤りはなく、はっきり読める。うんうん頷いていると、ビアンカが目敏くやって来て、ロディネの肩越しに観察し始めた。

 

「何これ」

「今週末ネロの誕生日でさ」

「ああなるほど。それはおめでたい……って認識票ドッグタグって……いくら魂獣が犬だからってそれは」

「これは装飾品であって、本当の認識票ドッグタグではないからな?」

「……へえ……そんなもんなの。それは置いといて綺麗な赤だね」

 

 うわだっさ! 理解できないわー……みたいな顔で碧眼を細めたビアンカが、言葉を選んで色だけを誉めてくる。妙な気を使ってるけど、言葉で言わなくてもその顔は言ってるのと変わらないからな?

 

「ネロにそれとなく好きな色を聞いたら、赤だって言ってたんだ。ネロは黒髪黒目だし、わんこも黒いから赤は確かに似合いそうだよな」

「……ロディ、それ……いや……まあ。いいけど」

「?」

 

 ビアンカと話している間、業者さんはじっと待ってくれている。


「お待たせしてすみません。綴りも問題ありません。ありがとうございます」

「いえいえ。あともう1つのお品はどうなさいますか?」

「あっ、そっちは包まなくていいです。そのままください」

 

 塔の予算には親がいない子用に、他の子より少し多めの生活費と、誕生日の贈り物用の予算がある。普段は予算内でやりくりして担当が塔からの贈り物ということで購入するんだけど、今回ロディネは少しだけ悪いことをした。ばれたらばれたで始末書書いて謝るだけである。

 それにしても今回はなかなか贈るもの決まらなかった。今までだったら好きなものがはっきりしている子ばかりだったから悩まなかったが、ネロは今のところ特別好きなものもないし、何かいい感じの言葉が書かれてるような本も好きではない。かといって消えものもな……ということでロディネはものすごく悩んだのだ。


「ではこちらだけお包みしますね」と業者さんが贈り物用の包装に包み直してくれるのを待っていると、包んで貰わなかった方に、ビアンカが食いつき、「何それ何それ」としつこく聞いてくる。

 

「これは俺が個人的にお金出して買ったんだ。ほっとけ」

「けち!」

「――君たち子どもじゃないんだから、用を済ませてさっさと仕事に戻りなさい。業者さん困ってるよ」

「「すみません」」

 

 見かねた課長にやんわりと怒られたロディネとビアンカは業者に謝ったあと、課長に注意された事をお互いのせいにし合いながら席に戻った。

 贈る物は手元に来たが今度はプレゼントをどのタイミングでどう渡そうかとロディネは仕事をしながら考えていた。

 

 

 ――――そして週末

 

 

「おはようネロ、そして誕生日おめでとう!」

 

 ロディネは朝一番、顔を合わせたネロへ真っ先に祝福を伝えると、ネロはきょろきょろした後ハッとして後ろを振り向く。

 いや、ネロという子は他にいないから。振り向いたって誰もいないから。 

 

「……誕生日?」

「そう誕生日。13歳の誕生日おめでとう!」

「俺12歳だったの?」

(予想通りではあったけどそっからか……)


 ロディネはその何とも言えない感情を態度に出さないように、「そうだよ」と言って頭を撫でた。

 

「だから今日の食堂のネロの分のメニューは昼と夜、豪華で美味しいぞ」

「いつも美味しいのにさらに!?」

「おー」

 

  最近少し背伸びした態度をしているネロだが、ぶんぶん尻尾を振るわんこと一緒に、手を握ったり閉じたりして目を輝かせている。

 

「……俺、おめでとう、って初めて言われた。おめでとうって言われたら何て返すもの……ですか?」

「ネロは『おめでとう』って言われてどう思った?」

 

 そっと問うとネロから「嬉しい」という言葉が溢れた。

 

「嬉しい。嬉しいから……『ありがとう』だ。先生、ありがとう!」

 

 まだプレゼントもあげていない段階だがとても嬉しそうだ。

 ロディネは屈託なく笑うネロと朝食に向かい、食後そのまま部屋に来て貰った。

 

「今日は休みだけど、ちょーっとだけお勉強……嫌そうな顔すんな。覚えておいて欲しいことがあるんだ」

 

 これから能力の高い番人として、ネロにはきっと色んな事が待ち受けている。だからプレゼントと一緒に、ロディネはどうしても話しておきたいことがあった。

 

「俺が色々な番人から話を聞いたり、導きをしてきて思ったことなんだけどな。五感って独立してるわけじゃなくて、少しずつ連動して補完しあってるんだよ」

 

 例えばこういう風に目が塞がってしまったとする。

 そう言ってロディネはネロの瞼を手で塞いだ

 

「今、視覚が俺に奪われたけど、何か目から感じるものはあるか?」

「光は何となく分かります」

「そうだな。目が唯一感じる光という情報を、視覚以外の感覚が補おうとするよな。繋がっている……そんな感じか? 多分感じ方は人それぞれだけど」

 

 視えなくても聴こえる音や匂い、空気が触れる感覚、そういったものが。何かあった時に、失くした感覚を他の感覚で補えば、対応することができる。

 

「これから先、能力を使いすぎたり、怖い目や痛い目に合う可能性はあると思う。ないよ、大丈夫だよという慰めはできない。でもそういう時でも……ネロにはできることを頑張って、足掻いて欲しいんだ」

 

 ロディネはネロの瞼から手を離し、プレゼントを渡した。ネロは「開けていいですか」と言って、包装紙を破らないように丁寧に丁寧に開けて、出て来た認識票ドッグタグを食い入るようにしばらく見つめたあと、黙ったままそれを首から下げた。ネロもわんこも無表情だ。気に入らなかったら申し訳ない。

 

「先生……ありがとうございます。すごく、すごく嬉しいです……」

「こっちは塔からのお金が出てて、選んだんだのは俺だけど、気に入ってくれたなら嬉しいな。でさ、また話が戻るけど、もし何かあってしんどくても、諦めないで足掻いて欲しいんだ。心を閉じきらないで欲しいんだ。領域崩壊したとしても、俺が必ず助けるからさ」

 

 ロディネはそう言ってネロが首から下げた認識票の隣に、一回り小さな認識票をつけた。これにはロディネの名前と、この塔の住所が彫られている。もし何かあったときに助けてやりたいと思って作ったものだ。

 一応過去に担当した子にも塔から巣立つときに、何かあったらと伝えてはいるけれど、幸いにも教務課で働き出して今まで何かあったことはないし、こんな風に物で渡すのは初めてだった。


「こっちは俺から。ネロに相棒や絆を結びたい相手ができるまで緊急連絡先というか、お守り」

 

 ネロは2つになった認識票を手にとって、再び食い入るように見つめ、きゅっと胸の前で小さく握った。

 

「……ありがとう、ございます。諦めないって約束します。……にしても先生、何で塔の住所?」

「俺は多分ずっとここにいるから。多分、ずっとな」

「……?あと、赤い方は……俺の名前以外に何か書いてあるけど、何て読むんですか?」

「内緒。この世界パラディオルにいる色んな落ち人の世界の中で一番有名な言語で書いてるから自分で調べてみな」

 

「宿題だ」と言えば、うっと痛いところを突かれたような顔をする。ロディネが少し意地悪く笑うと、ネロは眉を下げたままそっと苦笑いして、はにかんだ。

 

「……分かりました。調べたら答え合わせしてください」

「おー! 待ってる」

 

 自分の年すら分からなかった少年。

 どうかこの子の進む道が明るいものでありますように。

 そして何か立ち止まるとき、ここで経験し学んだことが、夜道を照らす月明かりのように、暗い海路を照らす灯台のように、巣立った後も導となればいい。

 ずっと塔にいるロディネは、今まで巣立った子も、数年後に飛び立つであろうネロに対しても、そんな風に願っている。

 

 "君の前に広がる道が、光溢れるものでありますように”

 

 そう、ずっとずっと願っている。

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