第9話 もうすぐ
「この年でこの数値、ここまでやって
管制長室で、管制長、管制部長、管制部の各課長がネロの能力測定結果を見ながら、真剣な顔をしていた。こういう場ではみんな心盾を強くして魂獣を隠している。ロディネのつばめも今は肩にいないので、非常に場が堅苦しい。
「総じて高い能力値ではあるんですが、特に嗅覚と聴覚、味覚に優れていますね。あと視力に関しては静止視力はそれほどではありませんが、動体視力と反射神経が優れています」
検査の結果、ネロは五感の全てが高い数値で、紛うことなく
それををよそに、「素晴らしく戦闘向きだな」と
ロディネは少し湧いた苛立ちを極力表に出さないように「すみません」と手を上げ、管制長から発言を促されて椅子から立ち上がった。
「能力が高いという事は適性があるという事ですから、当然将来の選択肢の中では一番に勧めます。ですが誘導や強制、それしか選択肢を与えないということはすべきではないし、私はする気もありません」
そう言った途端「ネロを公安に」と言っていた面々の視線が一気にロディネの方へ向いた。怖い。
「……"塔"は公的な機関であり、公金で運営されている。能力のある者はそれに応じた仕事をすべきかと思いますが?」
すちゃりと調査課長が眼鏡を上げて、公安課長と部長は睨みこそしていないが、威圧感が凄い。
(こ、怖え……)
ロディネは心の中で頬をぱしぱし叩いて気合いを入れた。
「一般人が通う学校だって公金で運営されています。ですが進路の助言等を受けることはあっても、勝手に決められることはないはずですし、番人だけが強制されるのはおかしいと思います。公安でなくても社会貢献は出来るはずです」
「能力の高いものはそうでない子より優秀な導き手が一対一で個別対応もしていて育成コストもたくさん掛かっているが」
「一般人より番人の育成コストが高く、ムラがあるのは分かります。でもそれは一般人だって一律ではないし……」
(あーー! 助けて! 助けて課長! )
「コストが掛かることと、これはまた別の話ですよ、あくまで"塔"は支援のための場所ですから。塔職員にならない子もたくさんいますし、能力はあれど戦闘に向いてない子もいて、そういった子は塔なら研究官や事務官になっています」
「ここまで突出してるなら話は別だろう。意識を持たせ、上手く育てるのがお前らの仕事だ」
なんだとう? そんなわけないだろう。
意見を言う前に一度咀嚼しようかと思ったところで、ぱんぱんと叩く手の音が部屋に響く。
「皆、そもそも今回の集まりは今月の検査結果報告だけのはずだ。話を脱線させるな。ネロについては教務課長とロディネの言うとおり、番人や導き手だからといって、職業選択の自由を取り上げることは認められない。余程の有事でもなければ不可だ」
静かな声だが、大きくよく通る。管制長は資料から目を離し室内を見渡した。場にいる全員が姿勢を正して管制長に意識を集中させ、緊張感が漂う。
「私や部長が現場担当だった頃は、塔は『番人や導き手は滅私奉公すべし』という考え方の下で運営されていて、名を残す番人が今より多かったのは事実。だが……その影で潰れたり早世する番人や導き手も多くいた。それが改められて現在のような体制と運営方針になったのだから、そこを疑問に思うなら、辞めて政治家にでもなりなさい」
管制長と部長は、そういった番人や導き手にとって辛い世の中だった最後の方の世代だ。色々先達が頑張って番人や導き手の今がある。そう言われてしまえば後の世代の課長達は何も言えないが、部長にそれは通じない。
「しかし、レオナルドに匹敵する可能性のある子だ。ビアンカを始め、絆を結んだ者の異動や離職も増えている。後進の育成は急務だろうが」
「それは当然の課題だが……そこを補うための研究開発部……いかんいかん、また脱線した。先輩、我々の頃とは時代が違うんですよ。またその辺りは改めて話しましょう……教務課長、強制はしないというだけで能力を生かすことを勧める方針ではあるんだろう?」
「はい、勿論です」
「なら今まで通り、教務課の方に任せる。今日はこれで終わりだ」
+++
「――公安じゃなくても、ってロディが言った時、部長すっごい顔してたよ……」
「あの人は強者義務の論理で生きている人ですからね……。番人や導き手はその能力で滅私奉公、国の為に尽くすべしって」
「えー古い!」
教務課に帰って来た課長と俺はそれぞれの席に着き、ぐったりとしていた。ビアンカの入れてくれた珈琲を飲みながら検査結果報告の顛末を説明すると、ビアンカは驚き呆れている。
「管制長と部長はほとんど年が変わらないのに、なんでそんなに考え方が違うわけ」
「管制長には、先生がいたからじゃないかな」
「……そっか。なるほど、その違いは大きいかもね」
「だろ」
ただ、部長の気持ちも分からなくもない。でも能力の高さと個人の性格は一致しない。公安に入って悪い奴を捕まえて、敵をやっつけたいみたいな正義感の強い子が高い能力を持っていればそれでいいが、そうでもない子の方が能力が高いってこともままあること。ネロが自らそれを望むならいいけど、そうでないのなら強制すべきではないとロディネは思う。
「あと、多分なんだけど……ネロの盾や領域を維持する能力が同年代より高いのは、単なる防衛本能だと思うんだ」
ネロの場合、数値化してしまうと能力は高い。しかし自分の意思で上手く制御しているというよりは、感覚が鋭敏になりすぎて辛く苦しかった孤児院の生活が
「……保てている間はいい。でも
「そういうことです」
思わずぱちんと指を鳴らすと上司にそれは止めなさいと怒られた。すみませんと謝れば苦笑いしている。
「しばらくは同年代の導き手じゃなくて、導きは職員のみにする?」
「いや……いずれ慣れないといけない事だし、普段は訓練生にやって貰うようにします。では今日はもう上がりますね」
ロディネは飲み終わった珈琲カップを片付けて、部屋で読める本や資料を抱えた、失礼しますと頭を下げた。お疲れと言う声を背に退室し、寮に向かって廊下を歩く。
「せんせーい! お疲れ様でーす! もう今日は終わりですか?」
お、噂をすればじゃないけれど。
後ろの方からロディネを呼ぶ声が聞こえる。声の主は言わずもがな。
「おーネロもみんなもお疲れ! 今日はもう終わりだよ」
「じゃあ一緒に食堂行きましょう!」
ネロは他の訓練生に「じゃあね!」と手を振ってロディネの方へ駆けてくる。隣のわんこの尻尾は千切れんばかりで思わず笑ってしまう。
「他の子と食べてきてもいいんだぞ?」
「他の子は朝昼一緒だし、家で食べる子もいるからいいんです。先生とは夜しか一緒に食べられないじゃないですか」
ネロはそう言って頬を膨らませ、わんこは「うぉふっ」と小さく吠えた。まあそれはそうなんだけどさ。
塔で訓練をしている番人や導き手の子達は、寮に入る子も自宅や親戚の家から通う子もいる。番人の子は家から近くても寮に入る事が多くて、導き手の子は通う子が多い。
側に来たネロは、ロディネの持ってる本やらファイルやらを半分奪って隣を歩き始める。
背もロディネの肩近くになった。まだ小さいけど、実年齢に近付いてきたかなってところだ。つばめはいつの間にやらネロがいる時はわんこの頭が定位置となっていて、今もちゅぴちゅぴとご機嫌に囀ずっている。
ただ、さっき一緒にいた子達は、あまり能力の高くない部分覚醒者や導き手の子達だ。だからもう少ししたら能力の高いネロとは一緒のカリキュラムではなくなる。また環境が変わって不安定にならなければいいのだが。
(もうすぐ誕生日だしなぁ)
ネロのいた孤児院は監査の結果、概ねロディネの予想通りの所であり、現在は職員が全部一掃されて新しく生まれ変わっている。ロディネ達がいた所もそうだったが、そんな孤児院が子ども達の誕生日なんて祝うはずもなく。だからきちんと祝ってやりたい。
孤児院出身でしかも辛い目にあってたという事で、少し入れ込み過ぎなのかとも思わなくもない。親がいない子のお祝いは担当がするし、その予算もちゃんとある。だからいけるいける。
「……先生?」
「ん? あぁごめん。ちょっとぼーっとしてたな」
ロディネはネロに向かって微笑み、何がいいかなと考えながら一緒に廊下を歩く。
辛い思いをしてきた分、少しでもいい思い出を持って巣立って欲しい。
この子の行く末に幸多からんことを。
そう何か願いを込められるものをと、思いながら。
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