第8話 人員事情
「相変わらずこの部屋なんだな」
「送ってくれたことについては、一応ありがとうと礼を言っておく。だがさっさと帰れ……あたた……」
そもそもこうなったのはお前のせいだしな。
レオナルドの肩に担がれて部屋に帰ってきてドアの前で降ろされたロディネは脇を擦りながら、手をひらひら振って「帰れ」と口でも態度でも示した。レオナルドは一般人でも知ってる有名な番人だ。ロディネの感情を抜きにしても、寮の子に見つかったら面倒である。獅子共々じっとロディネが部屋の鍵を開けるのを待っているようだが、そもそも部屋に入れる気はない。ロディネは嫌だしネロもわんこも警戒しまくっている。
そんなネロとわんこはレオナルドとロディネの間に割り込んでレオナルドを無言で睨んでいる。レオナルドはネロを一瞥したあと、わんこと額に乗ったつばめをちらりと見て「また改める」と言って帰っていった。本当に一体何だったんだ。
「やっと部屋に入れるわ……ネロもありがとな」
結局負けてしまったから、「強いんだぞ」ってところは見せられたのかというと微妙だ。でも戦えるというところはちゃんと見せられたとは思う。
「先生、怪我の手当は」
「んー怪我って言うほどじゃないけど、そこの戸棚に湿布あるから出しといてくれ。汗流してから貼るから」
着ているつなぎの釦を外して腕を抜く。インナーの黒Tシャツを捲ると脇腹にはやっぱり赤黒と青が混ざった何とも気持ち悪い色の痣が出来ていて、その周辺がじんわりと熱を持っている。
そのままシャツとつなぎを脱いでパンツ一丁になると、湿布片手に寄ってきたネロが「痛そう」と顔をしかめた。
「……前から気になってたけど、先生って結構傷だらけですよね。それに、あの人と相棒組んでたって……」
「相棒だったのは訓練生だった時と公安課にいた時な。教務課の人間って実はみんな公安経験者なんだよ。傷は……公安にいた時についたのもあるけど、薄い傷はほとんど塔に来る前のものだかなぁ」
「先生が強いっていうのはさっきので分かりました。なのに何で公安から変わったんですか?」
お? ちょっと評価が上がったか。派手な痣を作った甲斐があったな。
「んーとな……端的に言うと教務課に欠員が出たからなんだけど。……そうだ、せっかくだし俺がシャワー浴びたらちょっとお勉強しようか」
「え゛」
説明するとちょっと長いからパンツ一丁で言うことでもないし。「じゃあ待っててな」とロディネはにっこり笑い、戸惑うネロを置いて浴室に向かった。
「前にも簡単に説明したけど、今日は授業とかでは出ない管理制御部の話をするな」
「はーい……」
「めちゃくちゃ嫌そうだな……!」
雑談程度なんだからそんな嫌がらなくても。
シャワーが済んだあとは、ちょうどおやつくらいの時間だ。ロディネはクッキーを出して、自分には珈琲を、ネロには紅茶を入れながら説明を始めた。
管理制御部は公安課と調査課、教務課の3つの課で構成されていて、ざっくり言うと公安課が取締や戦闘を、調査課が取締や摘発等のための情報収集を、教務課が番人や導き手の育成指導や生活補助を担当している。なお公安課や調査課に関しては、番人や導き手に関係ない一般の公安警察への応援派遣がされることもある。
あと一応担当は分かれているものの、同じ部内なので大規模戦闘の際や内偵に人手がいる時は各課から応援に行くこともままある。
「公安や調査はそうでもないけど、教務は欠員が出やすいから結構公安や調査から異動するんだよ」
「……? 戦闘をするところに欠員が多いなら分かるけど教務課の欠員が多いって……何で?」
「それには導き手の数と
番人は
「そこに絆契約という、番人と導き手にとっての特別な契約が関わってくるんだ。絆契約については習ったよな?」
「はい。
「そうそう。絆を結ぶと導き手は他の番人の導きが出来なくなる。教務課の導き手の場合だと色んな子どもの導き手をしなくちゃいけないから、絆契約を結んだ導き手は教務課の仕事を続けられなくなるんだ。大体はパートナーの番人と一緒の課に異動するか、一緒に地方の
一般人の場合だと結婚は男女じゃないと駄目だが、絆契約を理由とする番人と導き手の組み合わせにおいてのみ、この国では同性婚が認められている。
「でも先生、絆契約は望んでもよほどの信頼関係や相性がないと結べるものじゃないからそうなることはそんなに多くないって」
「うん。でも公安なんかで
「へえ……」
引いているのか興味がないフリをしているのか分からないがネロは若干そわそわしている。わんこも耳をぴくぴく動かしている。見た目はまだ小さいとはいえ、そういうのに興味が出てくる年頃だからかな。聞きたい事があるなら聞けばいいのに。茶化したりしないぞ?
「あの……先生は……えと、や……ところで先生、あの人の名前って……呼ばないんですね」
「んん? ……ああ、確かに。あいつな、元々"レオン"って言うんだけど、塔に来たとき"レオナルド"に名前を変えた……いや、元に戻したというのが正しいのかな? それで新しい名前に慣れなくてあんま呼ばなくなっちゃったなー」
まあレオンはレオナルドの愛称と言ってもいいと思うけど何となくな。変な感じがする。
名前含めてあいつは色々ややこしいから、これは内緒だぞと人差し指を唇に置いて言った。内情を知ってる人間は多少いるが、若い子は知らないし、積極的に言うような話でもない。
「あいつと俺は幼馴染みたいなものなんだよ。もう1人、同じ孤児院にいた子がいてここで働いててな。その子は番人で絆契約を結んでて、今教務課にいるからそのうち会えるよ。ふわっふわで白くてでっかい猫の魂獣を連れてる」
もう少ししたらネロも検査だから、ネロの検査はビアンカが当番の時にしよう。
(あ、そうだ。注意しとかないといけないことが)
「あと俺は元相棒で幼馴染だからあいつに対してあんな感じだけど、実はあいつ、番人の中ではダントツで強くてまあまあ偉い。さっきは説明不足だったから仕方ないけど、次会った時は言葉遣いとか気をつけてな」
「……はい、気をつけます」
「ん、じゃあお勉強は終わりだ。おやつに集中しようか」
「はい!」
おそらく本人は気にしないけど、レオナルドの場合は憧れてる子も結構いる。そういう子どもはまっすぐな分、自分の持つ偶像と正義を信じて疑わないから残酷だ。特にネロはまだ、ここの子どもの集団生活に慣れてないから、気をつけることに越したことはない。
あと……そういえば。
(結局あいつは何しに来たんだ? )
何か用があったから来たのでは。なのにロディネに打撲傷をつけて帰っただけである。
内心首を傾げながら、まあ大事な用ならまた来るだろと、ロディネは珈琲と一緒にその疑問を流し込んだ。
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