第6話 踏み出す一歩
(これ以上は駄目だ)
(――っまだ……! )
(薄いけど、盾全体にヒビが入ってるの分かるだろ? これ以上
(…………はい。すみません)
(ん、いい子だ。ここが自力で戻れる今のエルンストの限界だという感覚を覚えておいてくれ。限界の引き上げはこれから
(はい)
まだ少し納得いかなさそうに、記録係の青年と共に部屋を出て行くエルンスト少年を見送り、ロディネはうーんと伸びをした。
「ロディありがとう。今日の測定はこれで終わりだよ」
「ビアンカお疲れ! 最後の子はかなり頑張り屋だな」
「真面目過ぎてちょっと融通が効かないけどね」
さっきのエルンストって子の魂獣は、軍用犬によくいるシェパードだった。確かに真面目な印象ある。大人になったら真面目で物事に動じない感じになるのかもな。公安に向いていそうだ。
今日のロディネは、室内訓練所――最初にネロが運び込まれていた部屋で、久々にがっつり教務課の仕事をしていた。塔に来て、ある程度訓練が進んだ子が、どれくらい五感を開放したら盾が壊れるのかを調べるための検査である。
この検査は管制部の番人と導き手、管理運営部ーー略して運営部の事務官が協力して、番人の能力を機械で数値化して記録する。数値化の仕組みは研究官の所掌なので詳しくは知らないが、感覚や
ランクが高いほど五感が鋭く能力を引き出せるのだが、この検査はランク付のためだけではなく、成長や加齢、心身の異常による能力の上下やそして
研究官には減給処分だと効果がないので、すっぽかすと1ヶ月ほど別部署での仕事をさせられると研究官のみ処分が変更されたのだが、それによって低かった研究開発部の受検率がほぼ100%になったらしいという、どうでもいい余談もある。
今日一緒に検査を担当していたのは、同じ教務課所属の番人ビアンカだ。
「そういやロディの担当してるネロは、レオン……違った。レオナルドと比べてどうなの?」
「俺もレオナルド呼びに慣れなくて未だにレオンって呼んじゃうなぁ。にしてもみんな判を押したようにレオナルドと比べたがり過ぎじゃないか?」
「そりゃあ期待もすると思うよ。
気持ちは分かるんだが、ネロはまだ環境にやっと慣れて体力を取り戻したところだ。将来なんてもう少し落ち着いてからの話だろう。
「……
「あー悪いけど、子どもが小さいうちはうちのコニィさん復帰するつもりもさせるつもりないから無理だよ。諦めなさい」
うーん残念。
ビアンカとコニィは元公安のバディで、婚姻とは別に
絆契約はお互いの魂を混ぜ合い、その混ぜた魂を持ち合う事になる。他の導き手からの導きを受けられなくなる代わりに、非常に安定して長時間高い能力使う事が出来る。導き手側は絆を結んだ番人以外への導きが出来なくなるが、魂を混ぜ合った番人の能力解放や制御、調整を深層で容易に行うことが出来るようになったり、あとは……魂獣が神獣や幻獣など伝説の生き物の姿を取れるようになるのだ。だから2人セットで考えると実質ビアンカ達夫婦が国内では最強である。
ただ、一昨年ビアンカが可愛い女の子を出産してから、ビアンカは育児休業を経て、戦闘や出張の多い公安から異動して教育に携わっている。
「まあでもコニィは能力は高くても優しくて戦闘が苦手だから、子どもが小さい間くらいはゆっくり過ごしてもらいたいかも。仕方ないよな」
「……そう言ってくれるからロディ好きだよ。越えられない壁はあるけどコニィとエレナの次に好き」
「はいはいありがとな。とにかく終わったんならあとは任せて帰っていいか? 経理に用があるんだ」
「いいよ、後はやっとく」
お疲れと手を振るビアンカに手を振ってロディネは経理課に交渉に向かった。
******
「コテージは次の子が来るまで使用していただいて大丈夫ですよ。使用してなくてもどうせ補修や清掃は必要ですし、使用率の報告もあるので」
「絶対後者の方が許可してくれる本音だろこんにゃろう。でも助かるよ。ありがとうな!」
そろそろコテージから寮へ移動する目安の時期だが、延長が可能かを確認……もといお願いと根回しにロディネは経理に顔を出したのだが、思ったよりすんなり快諾だった。
こういう時ちょっとしたお願いを聞いてもらえるのは教育指導係の特権だなと思いながらロディネは元教え子の事務官に礼を言って部屋に戻る。
「ネロただいまー。調子はどうだ?」
「先生お帰りなさい。今は大丈夫です」
「2人の時は別に敬語じゃなくてもいいぞ?」
「いや……練習して気をつけておかないと、人前でも出ちゃうから」
「まあそれもそうだけど」
子どもの成長は早い。
塔に来て3ヶ月が経ち、ネロは少しずつ他の職員や番人や導き手の子どもにも混ざって体を動かしたり、授業を受けたりし始めた。
回復食から普通の食事になって、張り艶のなかった髪や肌も艶々になり、ガリガリだった体もガリガリから痩せぎすを経て、痩せ気味くらいに変化した。身長も同じ年頃の子と比べるとまだ小さいが3ヶ月で5cm伸びた。そして他の子と訓練し始めたことで、教える側であるロディネとも人目があるところでは敬語で話すようになったのだが……うっかりタメ口が出てしまうのでということで普段から敬語で話すよう練習している。
少しよたよたしてたわんこもちょっと大きくなって、時々はしゃいではいるものの、随分とお利口になってしまった。いいことではあるがちょっと寂しい。
ただ少し、小さな問題が出てきた。
「痛むか?」
「ちょっとだけ……」
「急に背が伸び始めたから成長痛だな。そのうち落ち着くよ」
ロディネはベッドに腰掛け、横になっているネロの脚を擦りながらそう慰めた。
成長痛は大きくなろうとする体の痛みでもあり、心の痛みでもある。急に背が伸びたことはもちろん、環境が目まぐるしく変わり始めることへの不安から来ているのだろう。だから今日ロディネは、コテージをもう1ヶ月ほど使わせてくれとお願いに行ったのだ。
「ネロ、どうした?」
「……別に。気になるなら心を読めばいいじゃないですか」
こっちを見てたくせにぷいっと顔を背けるネロとわんこ。
これは何かあるな分かりやすい。
「ネロ、ちょっと身体起こせるか?」
「……何……っわ!」
警戒しながらもむくりと身体を起こすネロ。それをがばっと捕まえて抱き上げ、ロディネは胡座をかいて乗っけた。
「何するんですかっ!?」
「そうだな……ネロの言うとおり、
そう軽い感じで言いながら、胡座をかいてネロを乗っけたままゆらゆら揺らし、頭を咥えて髪の毛の中にほうっと生ぬるい息を吹く。つばめはわんこの頭に乗って軽く啄み、わんこは困ったように耳をぱたぱたしている。
聞きたいというのが本音だが、本当に言いたくないなら言わなくてもいい。ただいつでも聞くという雰囲気さえ伝わればいい。無理矢理聞き出す気はないので、ここらが引き際かと身体を離し、笑って訊ねた。
「痛いのどうだ?」
「……もう大丈夫」
「ならよかった。じゃあもう寝よっか」
つばめがとてとてとわんこの頭から降りると、わんこはしょんぼりしながらつばめの尾を前足でそっと押さえている。ネロの方を見れば、立ち上がろうとするロディネの服の裾を、ちょこんと摘まんでいた。
「……どした?」
「……」
「甘えん坊だな? 今日は一緒に寝るか?」
「…………寝る」
えっマジか。
今まで一緒に寝たことなんかないのに……まあいいや。
ベッドは大きいから2人でも充分である。ならばとロディネはベッドに寝転んで、ネロの頭を胸の上に置いた。
「何か嫌なことあったか? 他の人に言ったりしないからさ、話してみないか?」
「……嫌っていう程じゃなくて」
「うん」
ネロ曰く、自分とロディネとわんことつばめだけのこの空間が好きで、ここから出ていくのが寂しいのと寮生活が不安なこと。あとは、他の職員や訓練生に妙に凄いやつだと期待されているのをひしひしと感じるのがちょっとしんどいらしい。
「俺……あの、ずっと……五月蝿くて、臭くて……見えすぎて、ご飯も食べられないような、のには戻りたくない」
そりゃそうだよな、怖いよな。
眠いのを我慢しながらぽつりぽつりと話すネロの隣で、お座りのままうとうとしては「はっ!?」と目を覚ますを繰り返しているわんこの側に、つばめは黙って寄り添っている。
(あぁ、俺もうとうとが移ってきた……)
「不安だと思うけど……大丈夫だよ。そうならないように勉強したり訓練していくんだし……あとここからは出ていくけどさ……寮のネロの部屋は……俺の部屋のすぐ隣だし」
だから何かあったらいつでもすぐ、と言う言葉は、「そうなの!?」と飛び起きたネロの言葉にかき消された。
「びっくりしたー……そうだよ……だから、そんな心配しなくてもいいんだよー……」
飛び起きたネロの頭をまた胸元に寄せて、ロディネはうとうと眠りの世界に落ちていく。そのまま寝落ちしたロディネは、その後ネロが何を考えていたのか知らないが、とりあえずは次の日の朝、「寮に移っても大丈夫」とネロに朝一番に言われ、慌てて手続きをする羽目になったのだった。
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