第十二話 新手
辺りを闇が支配していた。まだ夕刻であったが、ここには陽の光が届かないらしい。
どことも知れない場所であった。
まったくの暗闇だが、ここにいる者たちには昼間と同様だ。どうやら廃屋であるらしく、辺り一面に散乱している瓦礫が、それを物語っていた。壁面に窓が一つもないことからすれば、ここは地下かも知れない。
「挨拶してきたよ」
と、声を発した者がいた。それはミケーレの頭に直接語りかけた、あの声であった。肩に人形を乗せた、あの少年であろう。
それに合わせて、呻くようなくぐもった音が響いた。猛獣が咽を鳴らしているような音であった。
「そうだよ。〝宣戦布告〟さ」
と、少年が答えたところから、その音は声であるらしい。
「いいじゃないか。顔も拝見したかったしね。僕たちは同盟を結んだだけなんだよ。配下じゃないだ。好きにさせてもらうさ。それより……」
行動を咎められた少年が不満の声を上げた。束縛されるのが、嫌いらしい。
「ちゃんと分け前は貰えるんだろうね? 独り占めはなしだよ」
また音がした。返答であろう。
「……なら、いいんだけど」
そうは答えたものの、その声には信用していない響きがあった。それどころか、疑念を抱いていることを露わにさえしている。仲間に対して、挑戦的な態度だった。
「じゃ、僕は行くよ。君はどうする?」
そう問いかけたのは、先ほどまでとは違う方向だった。相手は、また別にいるらしい。
ガチャリ……、ギイ……と、重厚な金属の音が響き、
「俺は
と、重い声が返した。燻し銀の渋い声をしているが、こちらも少しくぐもって聞こえた。そして、従うと言いつつも、〝彼奴〟などと言って、見下している節がある。この声の主にしても、本心からの服従ではないのだろう。
「まあ、君の〝目的〟からすれば、そうするしかないだろうね」
答えは端から判っていたのだと、嘲弄を含んだ少年の声は告げていた。
「好きにするさ」
そう言って、少年の気配は消えた。
暗闇の中、後には動く者もなく、初めからそうであったかのように、ただ静寂だけが残った。
「マリア、いるか?」
そう言ってミケーレは、マリアの教会の扉を開けた。時刻はまだ午後三時半を少し過ぎたくらいであった。沙月の家を辞し、あの少年と相対したその足で、まっすぐにここを訪れたのである。
「どうしたの? ミケーレ」
名を呼ばれたマリアは、宿舎のドアを抜けて現れた。隣で雑務でもしていたらしい。ミケーレの訪問に、意外そうな顔をしていた。
しかし、ミケーレが名前を呼んだとはいえ、大きな声ではなかったのに、隣室からよくぞ気付いたものである。大した聴覚であった。
「〝怪物〟側に、一人付いた」
「こちらへ」
と、ミケーレが状況を告げると、マリアは即座に宿舎のほうへとミケーレを促した。教会では、誰が訪れるかも知れない。内密な話である。宿舎の居間に移ると、ミケーレは先ほどの少年のことをマリアに話して聞かせた。同じ相手を追っている以上、情報の共有は有効であるとの判断だった。
マリアは黙って聞いていたが、話が終わるなり、
「〝人形使い〟ね」
と、言った。手にしていたカプチーノをテーブルに置いて、続けた。
「私もまだ出会ったことはないけど、話に聞く特徴と合致するのは〝人形使い〟と呼ばれてる奴ね」
「〝人形使い〟……ね。じゃあ、あの人形が奴の武器――ということになるのかな?」
マリアの淹れてくれたマッキャートを口へ運びながら、ミケーレが呟くように聞い
た。そういう情報は、組織に属するマリアのほうが詳しい。
「おそらくね。私も見たことがないし、報告も少ないから、断定は出来ないけど……。普通に考えれば、そうなるわよね」
マリアは太腿の上に置いた手を組んで、そう答えた。実際には、これまでも〝人形使い〟の目撃例自体は多かった。ただ、出会った者のうち、生存者が少なかったのだ。それ故、相対的に報告や証言が少ないということになっていた。それからマリアは、じっと組んだ手を見つめていたが、
「そっか……。向こうも複数となると、こちらも組んだほうが効率的で有利かしらね」
と、マリアは考え込むように、ぽつりと呟いた。それを聞いたミケーレが、
「おや、珍しい。お前さんが〝組む〟――なんてな」
と、言えば、マリアも顔を上げ、
「任務の完遂を優先しているだけよ。向こうが何人いるかも不明だしね。付いたのが〝人形使い〟だけとは限らないわ。可能性の問題」
と、考えを述べた。正論である。
「どう? ミケーレ。逆に、向こうには私の存在は知られていないわ」
「〝怪物〟には、お前さんはバレてるかも知れんぜ?」
「あ、そうか」
と、ミケーレの指摘に、マリアはうっかりしていた――と口元に手を当てた。あの晩、マリアはミケーレと〝怪物〟の戦いにちょっかいを出したのだ。〝怪物〟に見られている可能性は、十分に高い。
「忘れていたわ」
「まあ、それはともかくだ。組むことには賛成だぜ。何せ、美味いマッキャートが飲める」
と、ミケーレは片目を瞑りながら、飲み干したデミタスカップを掲げて見せた。
「お、お世辞を言っても駄目よ」
マリアは少し吃りながら、僅かに上気した頬を膨らませて言った。不意に褒められると照れてしまう気性のようだ。しかし、その様子がとても可愛らしい。〝ギャップ〟というやつだ。
その様をミケーレが、子を見やる父親のような顔で見ていた。そして、
「そりゃあ、惜しかった。もう一杯、頂こうと思ったんだが……」
と言って、カップを見つめた。
「むう……。お代わりくらいは、いくらでも淹れますけどね」
頬を紅らめたマリアも照れ隠しに、視線を外して、ちょっと遠くを見やりながら答えた。これほどの美人が、こんな可愛らしい拗ねた態度を取れば、大抵の男は骨抜きだ。どんな望みでも叶えてやりたくなるだろう。
「で、具体的にはどうするんだ?」
と、ミケーレが聞けば、マリアが、
「そうね……。こういうのはどうかしら?」
と内緒話をするように、身を乗り出しながら、そう切り出した。
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