第十八話 抑留
雑務を済ませたリキは、幾人かの友人たちと会った。特に気の合うボルゴ卿を筆頭に、貴族としては低い家格ではあったが、それ故に身分に固執しない、次世代を担う若い者たちであった。
そのボルゴ卿がリキに言った。
「最近の陛下の戦はどうも……な。負けはしなかったが、どこか危うい。重臣たちが何とか、勝ち戦にしている感じだ」
と、彼が参戦した、ここ何度かの戦は危なかった――と言うのだ。
「貴公は参戦してなかったから分からんだろうが、兵力で優っておったから良いものの、力尽くのゴリ押し感が強くてな。あれでは、ちょっとしたことで形勢がひっくり返るやもしれん」
冷や冷やして、堪えた。あれは、心の臓に悪い――と言って彼は豪快に笑った。
「以前のような、有無を言わせぬ目まぐるしい展開で敵を翻弄する戦ではなかった。あれは……やはり、リキか?」
と、ボルゴ卿は探るような眼でリキを見た。
「さて、な」
リキは首を傾げて、すっ呆けた。ボルゴ卿もニヤリと笑っただけで、それ以上は問い詰めなかった。そのあたりも、二人は馬が合うようだ。
今後もこの世界で生きていくなら、交友関係は広い方がいい。他の者たちも交え、歓談は続いた。
リキが王都の自分の館に戻ったのは夕暮れ時だった。リキは、自分の方が遅くなったと思ったが、陽菜はまだ戻っていなかった。
「遅いな」
「どうされたんでしょう?」
夕餉にも戻らず、クレアと二人で心配し始めた頃、部屋の扉をノックする者がいた。側近の一人、ジョルジョが戸を開け、外にいた者と何やら話した後にリキの傍まで来て告げた。
「陛下より書状が届いた――とのことでございます」
「うん? 陛下から?」
「はい。これに」
ジョルジョから書状を受け取ったリキは、表から裏まで入念に眺めてから、首を傾げてクレアに言った。
「差出人は陛下かも知れんが、これを書いたのは別人だ」
「別人ですか?」
「うん。陛下の字じゃない」
「拝見しても?」
「構わんよ。ほら」
と、リキは未開封の書状をクレアに差し出した。受け取ったクレアも表裏を見て、記憶を確認するように頷きながら言った。
「この字は、ユリウス卿です。癖が強い文字ですので、見覚えがあります。間違いありません」
「ユリウス卿……」
「ユリウス卿は陛下の側近の一人ですし、特段に変わったことではありません。代筆を頼まれることもあるでしょう」
「それはそうだが……」
「何か、気になることでも?」
思案顔のリキに、クレアが問い掛けた。リキも漠然とした感覚なのだろう。断言するほどの根拠はないようで、宙を見やって返した。
「陛下の部屋を退室した時にな。彼と出会った」
「それは……」
「ただの偶然ならいいが。まだ陽菜のいる陛下の部屋に入っていった」
「陛下の側近ですからね。私からは何とも……」
「だな」
何とか納得しようとしている顔で、リキは書状の封を切った。中身を読み、
「ふうむ……」
と、難しい顔をして書状をクレアに渡した。受け取ったクレアも目を通し、驚いた口調で呟いた。
「陽菜様をお傍に?」
「置いておきたい――とあるな。お伽衆として、ジュリアーノ殿下に色々な話を聞かせて、殿下の知見を広めさせたい――と言うことだが」
「突然ですね。それほど、陽菜様がお気に召したのでしょうか」
「かもな。まあ、陽菜本人が構わんのなら、それでいいんだがね」
「そう書かれてますね」
「本文はアンジェラの字だ。信用していいんだろうが……」
「珍しく、微妙な言い方をされますが、何か気になるのですか?」
リキは少し黙った後、口を開いた。気が重そうに、こう言った。
「乱世で、近しい者を王都に留め置くのは『人質』の意味合いが強い」
「まさか……。姫様がですか?」
「これだけでは、どちらとも言えんな」
そう言って、クレアが返した書状を、ピラピラと振って見せた。
「ですが……」
「あくまで、その可能性もある――ということだよ。その場合には、こちらを危険な存在だと見做しているということになるな。杞憂ですめばいいんだが……。一応は考慮に入れておかんとな」
「はい……」
クレアが、どんな顔で答えたらいいのか、戸惑っていた。アンジェラの侍女だったクレアは、どうしても思い入れが強くなる。それを自覚しているが故であった。
「そう心配そうにするな。〝可能性の一つ〟だというだけさ」
「はい」
「さて。明日はヴォルテッラに帰る予定だったが、も一度、顔を出さにゃならんか」
「そうですね。その方がいいと思います」
「そうするよ。昼前には戻るよ。帰って来たら、そのまま出発するから、用意しておいてくれ」
「畏まりました。それと軽い昼食を用意させます」
「頼むよ」
翌日、リキは再びスクーディ城へと向かった。陽菜の意思を確認するためである。陽菜本人がそれを、良しとするなら、リキが言うべきことは何もない。本人に確認を取りに来た。目的としては、ただ、それだけだった。
城番に来城の目的を告げ、陽菜に会った。リキが陽菜に、アンジェラの意向を伝えると、了解を取っていなかったようで、目を丸くして、
「知りませんでした」
と本人は言う。リキは確認するように、陽菜に問い掛けた。
「それで? ここでお世話になるかい? 俺はそれでも構わないよ」
「う~ん。……それでは、しばらくはこちらでお世話になろうと思います」
「分かった。何かあれば、館の方に戻ればいい。そちらにも、そう伝えておくから。アンジェラにも言っておくよ」
「分かりました。色々とありがとうございます」
陽菜は礼を言い、リキはアンジェラにも事の経緯を伝え、城を後にした。
「お帰りなさいませ。お食事の用意は出来ております」
「ああ。ありがとう、クレア。食べたら、ヴォルテッラに帰ろうか」
「はい。陽菜様の件はどうでしたか?」
「うん。それが、本人の知らないところで話は進んでいたようでな。驚いていたよ」
用意された軽い目の昼食――サンドウィッチとスープを取りながら、リキは
「浮かない顔ですね」
と、問い掛けた。リキはかぶりつこうと手にしていたサンドウィッチを止め、いつものように考え事をする時の癖で首を傾げ、呟いた。
「そうだな。話を進めていたアンジェラの真意が分からない」
「それでは……」
「うん。俺に対する牽制――とも取れる」
「……」
「まあ、何にせよ、今はこれ以上は分からないし、動きようがない。動きようがないから、ヴォルテッラに帰って、領主らしいことをするさ」
「はい」
「ごちそうさん。美味かったよ。ちょうど、いい量だった。それじゃあ、出発するか」
「はい」
昼食を食べ終わったリキは、すぐさま領地ヴォルテッラに向けて、出発した。
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