第十話 遠征
ほぼ予定通りの期日に軍勢催促状が届いたが、遠征はすぐさま出来るものではない。家臣たちに命じて兵を出させ、武具や兵糧を掻き集め、ようやく出兵の運びとなる。
それまでに一週間は掛かると見たリキは、その間に、ある条件とそれを担保するアンジェロ国王による裁可を一通の書状で発給するよう、アンジェラに願い出た。
軍勢催促状に添えられていた今回の出兵の陣容を見たからである。
そこにはリキを総大将にすると記されていた。従うのは、アンジェラの叔父であるガレアッツォ侯の領地付近の十人ほどの諸侯たち――とあった。そこでリキは、恐らく起こるであろう事態に対処するための一計を案じたのである。
これが後で効いてくることだろう。
「連れて行け?」
ある日、遠征の準備を進めていたリキに、陽菜が同行を願い出たのである。
「何故だ?」
上がってきた報告書に目を通していたリキは、陽菜に問うた。
「一人、置いてかれるのは嫌です」
と、陽菜は訴えた。この遠征には副官のクレアも同行する。まだ、この世界で知人の少ない陽菜は、二人と離れるよりは一緒に行く方が気が休まる――と言うのだ。リキは少し考え、読んでいた報告書を机の上に置いて、陽菜に向き合った。
「いいかい、陽菜。遠征はあくまで軍事行動だ。ガレアッツォ侯は大人しく降参しないだろうし、多分、
「リキさんは負けるんですか?」
「可能性の問題だよ」
さらりとそう言われた陽菜は、戸惑いを見せた。リキが続ける。
「多くの策を弄し、相手の数倍の兵力で勝利は目前。そんな状況だったのに、ほんの些細な偶然から全てが綻び、敗走――なんてこともあるのが戦なんだよ」
リキの説明に、陽菜は黙り込んだ。やがて、リキの隣に立つクレアを見やり、
「でも、クレアさんも女性です」
と、言った。リキは優しく言葉を継いだ。
「そうだね。でも、クレアは俺の副官だ。傍にいてもらわないと困るんだ。当然、俺はクレアを全力で護るよ。もし、クレアがそんな目に遭う時は、俺はもう死んでるだろう。その覚悟で連れて行くんだ」
そう述べるリキを、クレアも信頼の眼差しで見つめていた。陽菜は、二人を交互に見やった。どうしていいか、分からないようだった。
「戦になれば、死ぬかも知れない。負ければ、敵に捕まって犯されるかも知れない。その可能性もある――ということを覚悟してくれるなら、付いて来てもいい」
「! はい!」
「ん。じゃあ、準備をしなさい。出発は明後日だ」
「分かりました」
「ああ、それから、馬だ。馬の練習もしておけよ。せめて、
「はい!」
陽菜は、喜び勇んで部屋へと戻っていった。
「よろしいのですか?」
と、クレアが心配そうに声を掛けた。リキはクレアを振り返り、言った。
「どうあっても付いて来ただろうさ。なら、本人に覚悟をしてもらった上で、付いて来られた方がましだろ?」
「ですが……」
「あの子なりに考えがあってのことだろ。まあ、本陣にいれば大丈夫だろ。もし、戦が始まりそうなら、後方の輜重隊に下がっていてもらおう」
「はい」
二日後、リキは何とか揃えた千騎を従えて、ガレアッツォ侯領に向けて進軍を開始した。
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