第3話 休憩時間

「でさー、亜梨子の奴がさぁ、浮気とかマジありえねーわとかいってさぁ、いやいやお前のがねーわみたいな?わかる?」

「いや、ちょっとわかんないなぁ」


城(じょう)は金色に染めた長い前髪を右手の人差し指でくるくると指を絡めていじりながら向かいの席に座る小早川に向けて大きなため息をついた。


「マジかぁ、コバっちはちと特殊な考え方だもんなぁ。普通とちょっと外れてるっつーの?カチッとはまらないんだよなぁ。女の子ってお喋りで買い物好きで基本恋愛話好きじゃん、9割の子はさ。コバっちってそのどれにも当てはまってない感じ?」


8時間という長い労働時間のつかの間の休憩時間。一時間の休憩のうち今はすでに半分経過しているが、その30分がすでに城の浮気話によって食われてしまっていた。


大学生アルバイターの城の基本的な会話内容は恋愛話中心であり、休憩が重なって必然的に小早川は城のお喋りに付き合わされることになったが、そのトークが10分を超えたあたりから小早川はスマホを取り出し、スマホの画面に目を向けたまま城の話に生返事を返すようになっていた。


「あいつが最初に他の男と股かけてたくせにそいつと上手くいかなかったからってさぁ、こっちの浮気を責めるんだぜ?ホント自分本位じゃね?ないわー。マジないわ」

口だけでなく、髪をいじる手も休まることなく動いている。髪を動く手を止めたと思ったら、休憩用にドリンクサーバーからとってきた、コーラを口に含む。


「どっちも浮気をやめたら話は早いんじゃないの?」

両手で持ったスマホを軽く下に下げ、そっと覗かせた両目で城を見据えた。


「そりゃそうなんだけどさぁ結論は。でもあいつ一応サークル内で男の先輩に顔が利くから付き合ってると得なわけよ。ライブの時間も融通きかせてもらえるし、使えるドラマーまわしてくれたりな。表立って浮気は認められないけど付き合ってるステータスは欲しいわけよ~。」


「でもそれって付き合ってるって言わなくない?お互い好きでもないんでしょ?彼女の方は単純に依存体質なだけみたいに見える。歪な関係が恋愛の皮を被っているだけだと思うんだけど」

小早川は棘のある切り返しをした後、スマホをポケットにしまい、城と同様、ドリンクサーバーからとってきた、オレンジジュースの入ったコップにを口を付けた。


「お互いのことが好きで付き合うだけが恋愛じゃないのが大学生の恋愛っちゅーもんよ。まぁまだ女子高生のコバッちには理解できないかねぇ。ひなっちにこの話したら結構共感つーか納得してもらえたんだけどなー。女子高生でもこんなリアクション違うもんなんだなぁ。」


雛森さんならわかってそうだなぁと小早川は軽くうなずく。雛森さんが大学生になったときの想像をすると、城と同じようなサークルにいるイメージが容易にできたがそのことはあえて口には出さず小早川はそっけなく答える。


「まぁでも、私はあんまそういうの興味ないしね」


横目で休憩室の時計を見ると、もう45分も過ぎていたことに小早川は軽いため息をついた。

「コバッちは冷めてるっつーかさ、人と距離を置いてる感じ?考えてることとかがあんま読めないんだよなぁ。可愛くても恋愛になかなか発展しないタイプ?バリア貼ってるオーラビンビンっぽいとこあるしさ。もっとぶつかっていこーぜ」


城は一通り自分の話を終えると、話の矛先を小早川に向け始める。城の言う考えとは、好きなこと嫌いなことを遠慮なくぶつけていこうということを意図しているものだろう。もちろん本人に悪意がないことを小早川は分かっているが、興味のない話であることに変わりはなく、そしてそれに対し興味のなさそうな表情を臆面もなく城に向ける。


「ぶつかっても理解できないこととかあると思う。あえて分かってもらう必要もないんじゃないの。話す必要ないことは話さないことの方が無難ではあるしさ。人によって踏み込まれたくないこともあるから、それ以上踏み込まないし踏み込まれないようにするのがいこともあるはずだよ」


「分かってもらえなくてもわかってもらう努力っつーのかな、必要じゃん?逆に分かってあげる努力も必要っつー話よ。やっぱみんなと仲良くなって何かする方が楽しいもんじゃん?距離を置くだけじゃつまんないじゃん?自分の考えとか思ってることは発信しなきゃ始まんないわけさぁ何事も」


「人と距離を置きたいと思ってる人を度外視したような話し方だね。人と深い仲になりたくないと思っている人もいるよ、私みたいにね」


「みんなと仲良くなりたいと思うのが普通じゃん?コバッちはちょっと特殊かもしれないけど、本当はそれが普通なわけよ。だからコバッちも普通の人に合わせてどんどん自分の意見発信していかなきゃってこと。」


「”普通”ねぇ。そこまでわかってるなら、彼女さんと分かり合う努力ができるんじゃない?」

城は小早川の含みのある返しに、後ろ髪を掻きむしりながらうーんと唸った。


「あいつとはそういう感じじゃないんだよなぁ。」

はぁ、と小早川はめんどくさそうに返事をした。

全く考えていないようでいて考えている部分はある。ただ人との距離の取り方が全く違う城との会話は、小早川にとって聞くだけでも疲れるものであった。


「あ、そうそう。話は変わるんだけどさ。最近、うちのファミレスで”幸せの手紙”ってのが流行ってるみたいよ?ごく稀にメッセージが書かれた便箋が、ウチに来る客の荷物に入っているらしい。コバッちはこの手紙の噂聞いたことあるっけ?」


幸せの手紙。

それは、受取ったお客の、近い将来来る幸せやラッキーがメッセージとして書かれた便箋で、そのメッセージ通りの幸せが必ずやってくると、リトルボーイのお客の中でちょっとした評判らしいと城は長い説明の中で語った。


「もしかしたらさ、ウチで働いてる奴の中の誰かが出したんじゃねーの?みたいな?話もうちらの中で話題になってさ。だとしたらおもしれーなー。だって手紙に書いた通りの未来が来るんだぜ?未来予知とか。魔法使いかっつーの!」


唐突に振った城の話題に、小早川は目をしばたたかせ、一呼吸だけ間を置いた後、素っ気なく、そして淡白に。

「知らない。興味ない」

明後日の方を向いてそう答え、コップのオレンジジュースを飲もうとしたが、中身がすでに空だったことに後から気づいた。


それに対し城は大きくため息をついた。

「女子高生はもっとこう流行りとか面白い話題に食いつくもんだぜ~?そういうとこちょっとずれてるよな~」


そう言い終え、コップに残っているコーラを一気に流し、

――さて、休憩終わり!バイト再開すっぺ!

休憩室を出ていった。


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土曜日AM勤務シフト

××・××・店長

PM勤務シフト

城・小早川・楽市

深夜勤務シフト

四木・店長

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