夏なんて来なければ良かった
翡翠
1
蝉の鳴き声が響く真夏の昼下がり、
結城翔は何度目かのため息をついた。
制服のシャツが汗で背中に張り付き、心なしか重苦しい感覚が胸を圧迫する。
学校のグラウンドでは、友人らが楽しくサッカーをしているが、
翔の視線は遠く、照りつける碧い空に溶け込んでいく。
翔は、美羽の姿をちらりと見やる。
いつもと変わらず明るく、社交的な彼女の姿。
だが、今は彼の親友である高木の隣にいる。
彼女のその笑顔が、もう自分に向けられるものではないことに気づいてから、
翔の心は酷く、憂鬱だった。
翔は昔から、美羽に対して特別な感情を抱いていた。
幼なじみとして一緒に過ごしてきた時間は、二人の間に深く強い絆を育んでいた。
だが、それ以上の想いを口に出すことは一度もなかった。
美羽にとって、自分はただの“友達”であり、
それ以上でもそれ以下でもない。
そう自分に言い聞かせ、隼人との関係を祝福しようと決めたのは、ほんの少し前のことだった。
「翔くんどうかした?」
不意に美羽の声が耳に届く。
彼女の大きな瞳が、心配そうに見つめてくる。
「ううん、何でもない。」
翔は微笑んで、慌てて顔をそむけた。
彼女に心の内を知られるわけにはいかない。
美羽と隼人のことを祝福すると決めたから。
隼人は彼にとっても大切な友人で、二人の関係を壊すようなことは絶対にしてはいけないと、自分に何度も言い聞かせた。
しかし、翔の胸の奥で燻る感情は、日に日に大きくなっていく。
隼人が美羽と付き合い始めてから、彼らが一緒にいる姿を見るたびに、
翔は自分の気持ちが殺されていくような感覚を覚える。
隼人といる美羽を見ていると、どこか遠くに行ってしまったような、失ってしまった何かを追いかけるような感覚が胸を締めつけ、苦しい。
夏なんて来なければ良かった 翡翠 @hisui_may5
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