思わず素のツッコミが出てしまい焦ったが誰も気にしていない。


湊は、だから俺の期末は今日の二科目めで終わってんの、と訳のわからないことをドヤ顔で続けている。


「俺ぜっったいコイツには負けたくない」

「俺もだ」

「ボクも」


「純は負けねーだろ」


「ありがとう紅騎。潮も、皆で勝とう」


「「おう」」


湊を除く三人の強い意志が終わったテストに向けられた所で、当の湊が「海行こーぜ」と零れ落ちそうな笑みで言い出す。



「おまえ……鋼のハートだな。純たちはまだ午後があるけど?」



俺らバ科とは違う、と湊に説明する紅騎。



潮に「そうなのか!?」と問われたボクは湊の背景で急激に温度を下げる教室を見つつ、う、うん、と引き攣った笑みを浮かべた。


湊に悪気はない。


が、配慮もない。



その湊は「鋼って、鉄をより強くして使い勝手良くするために炭素量を増やした合金のことだよな、俺知ってる」と誰も聞いてないことをまだドヤ顔で語っている。



「だから、コレ。流石の純でも午後一眠くなるっつってたから小さいのにした。

俺一旦鞄置きに寮戻るけど、適当に時間潰して待ってるから」



湊を無視した紅騎に手渡された小さなビニール袋。中を覗くとおにぎりとサラダカップ、パックの飲み物が入っていた。



「え! なにこれ」


「純のお昼。自分の昼飯買うついでに買っただけ、買い行く時間分自習できるだろ。

もうあった?」


「い、や、買いに行こうと思ってたけど」


そうだお金、と咄嗟に口を動かそうとするも、先に「金は後ででいーから」と頭をくしゃくしゃに撫でられてしまう。



「あ、ありがとう……」



紅騎のイケメンっぷりには流石に頬がまあるく赤く染まる。



「午後もがんばれ」



「マジか……俺知らないで純に自分のテスト勉強付き合わせちまった」


「潮、大丈夫だよ。ボク絶対良い点獲るから」



肩を落としてうるうるとこちらを見下ろす潮。湊と紅騎も一緒に「カッケェ……」と呟かれてしまう。


「あっ昨日といえば、どうやってお開きになったの。大口叩いておきながらボク寝落ちたんじゃないかと」


その恥ずかしさを紛らわしながら気になっていたことを思い出して訊くと、潮は「あぁ」とあっけらかんとして口を開いた。



「そ、純 気付いたら寝てたからベッドまで運んだ」


「そうだよね、ごめん……。ど、どうやって? 引きずって?」


「何で先生を引きずるんだ。

抱っこして、だ」



「……!!」



そ、れは……!!


無意識にごく、と喉が鳴る。



申し訳ないのとありがとうの気持ちがあるけど、その前に。



「えっ、と、な、何か、変に思うこととかなかった?」



抱っこて。


抱っこて〜〜〜〜!!



今みたいな普段は、急なアクシデントを警戒して一応サラシ的なものを装備している。けど。


昨日の晩は寝る直前だったから〜〜無防備だったんだよ〜〜!!



「純何で涙目なん。感動?」


湊につっこまれるもそれどころじゃない。潮が「あー」とか切り出すから。



変に思ったこと、あるんか!!? と前のめりになる。




「軽かった。紅騎が心配して貢ぐ気持ちも解る」


「貢いでない」


目の前で否定した紅騎を無視してうんうん、と頷く潮。ボクだけがズコーッと後ろにひっくり返りそうになった。



それだけ。それだけかぁ。


良かった。


貧相な身体で本当に良かった。



「潮、潮」


と、湊が頷く潮の肩を叩いて指をさす。



「ちゃんと騎士様・・・の顔見てみ?

おまえが純を抱っこしまくるから怒り心頭じゃね?」


その言葉に紅騎を振り返ると、確かにさっき潮にたかいたかい? された時とほぼ変わらない表情をしていた。珍しく唇が尖っている。


「何なんださっきから。紅騎も抱っこすればいいだろ、鍛えたいのか?」


「ぅわぁっ」


ほら、と潮がもう一度ボクを持ち上げて紅騎に手渡す。

湊だけぶら下がるボクを見てゲラゲラ笑っていたけど、クラスの皆は飛び出しそうな目でこちらを振り返っていた。


「やめろ。


純はうちの宝だぞ!!」



「…………え」



ここで湊以外の皆の反応が一致した。



紅騎は潮から奪い取るとそれはそれは優しく降ろしてくれた。



でもありがとうと見上げる顔が真っ赤だ。



「おまっ……純のこと宝ものだと思ってんの? 面白すぎんだろ。

しかも『うちの』って何。おまえん家?」



湊は息絶え絶えに目尻の涙を拭いながら突っ込んでいる。



「〜〜っ、いいから!


行くぞ!!」



「ひー、ウケるわぁ。

じゃあ純、また後でな」


「う、うん」



「邪魔して悪かった。ちなみに俺は、純のこと友だちだと思ってる」


「うしお……」



踵を返し、頸まで真っ赤な紅騎を追って手を振る湊、最後覗き込んできた潮の言葉にじーんとして、嵐のような寮の面々は去って行った。



一人残ったボクは手に掛かったビニール袋を見つめて、午後も頑張ろう。出し切って海に行こうと気持ちを仕切り直して皆が去って行った方に背を向ける。



その時、コツ、と爪先に何かが当たった感覚があって見下ろした。


それを拾い上げる。



——指輪だ。


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