潮の本命、数学——数II、数B基礎のテストは最終日、午前最後の科目にあった。
自分の事に集中しろと言い聞かせてもつい潮の事を考えてしまうくらいには注意散漫だったけど、何とか日々の積み重ね分は出せた。紅騎のおかげだ。紅騎が部活後の自主練から戻ってくるまでは復習、朝練の間は予習の習慣がついていたから。
今朝部屋を出る時にもこの高校での初めてのテスト期間なこと、本当はそれよりも潮のことで気を張っていたボクに『純なら大丈夫だろ』と、『じゃあな』と変わらないテンションで言ってくれた紅騎にそう思う。
スポーツ科は午前で三科目のテストを終える、昼休み。
隣の席の橘くんは飛び火を感じるくらい午後に向けて燃えていた。桜さんに負けないためだそうだ。
その火を避けつつ廊下のざわめきに振り返ると、教室後方の出入り口から既に鞄を背負った紅騎の姿が覗いていた。
「こうき!」
さっき考えていたから嬉しくて、駆け寄ろうとしてはっとする。
紅騎は他のクラスの女の子に囲まれていて、呼び掛けられそちらに応じていた。
特進科もスポーツ科も、女子の数は男子に比べて少ない。
一般科だけが女子の方が多いから、一般科の前を通る時は特に気を付けて歩くのだと湊が言っていた。
もしかすると、一般科の女の子たちかもしれない。
ピタ、と足を止めて、一旦駆け寄るのを止める。
「じゅーーんっ!!」
その時、前の出入り口から教室中に明るく響き渡る声がした。
何人もの同級生が教科書やノートから顔を上げる中、大型犬が駆けてくるかのようにボク目掛けて教室を横断、広げた両腕からボクの胴体を鷲掴んだ潮はそのまま躊躇なく身体を持ち上げた。
「っ!?」
驚きに目を見開いたのは、自分だけじゃなかっただろう。
「やったぞ先生!!
絶対目標点いく自信ある!!」
見下ろす潮は屈託のない笑顔で、少しでも周囲の目を気にした自分が恥ずかしくなるくらいで。
つられて、笑ってしまう。
「先生のおかげだ!!」
「潮の実力だよ、よかっ——ぶっ」
まだ喋っている途中ではあったが喜びを爆発させた潮はボクを急降下、今度はボクがわんちゃんにされたように抱きしめられる。
「マジでありがとな〜〜」
わざとか?
いや潮に限ってそれはないだろうが——そう思うほど硬い身体、腕に抱きしめられ頭に頬ずりされ、息継ぎするのも大変なボサボサ頭だ。
「ぅぐ……苦し」
「潮」
デジャヴだ、と直感した。耳にその声が届いて、潮の腕の力が緩んで呼吸が楽になる。次に聴こえてきたのは「おー! 紅騎!」と潮の明るいままの声だった。
「紅騎、ありがと」
解放されて見上げるも、やはり朝からご機嫌斜めなのか? ムスッとした紅騎はこちらを一瞥、潮を睨み始めてしまう。
「紅騎?」
「? どうした紅騎、そんなおっかない顔をして」
自分に続き声をかけた潮を改めて見上げてみて、あることに気が付く。
「あれ、潮、そのヘアピンしたまま」
「? ああ、先生のお守り」
潮は以前あげてからずっと気に入ってくれている半魚人のヘアピンを前髪に留めたまま、ニカッと笑った。
「ええ……」
何だかとてもかわいいことをしている。
「ったく203は碌でもねーな」
今度は何やらブツブツ言い始めた紅騎に視線が行く。女の子たちはもう大丈夫になったのだろうか。紅騎の背後を覗いて確認しようとすると、「何がだ?」とあっけらかんとした潮が口を開いた。
「あー、紅騎も純と熱い抱擁を交わしたかったと。順番待ちだったか、すまんすまん」
「ちっげーわ!!」
半歩引いて身体を開く潮。真っ赤な顔で潮に怒る紅騎。差し出されたボクはそっと両腕を差し出した。
「紅騎にはもっと何もできてないと思うけど、紅騎もテストの手応えあった?
ボクで良ければその喜び分かち合いましょう。期末テストお疲れさまでした」
「…………。いいのかよ」
「? もちろん!」
紅騎の大きな手の平が遠慮がちに伸びてきた、その時。
「やーーーーっぱ純の所か潮」
潮と紅騎の間から顔を出したのは湊だ。
「テスト終わったと同時に教室飛び出したとかいうから何事かと思ったぞ?
紅騎もいんじゃん。おまえも
「ちげぇよ……」
わなわなと硬く握った拳を震わせる紅騎に気付いて「ちがうちがう、紅騎は——た、たまたま通りがかっただけだよ!」といち早く否定を重ねた。その拳に当たったら痛そうだ。
「たまたまじゃな」
「湊は? 湊も数学いい感じ?」
「俺は端から数学捨ててんのよ」
「何で捨てんのよ」
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