5.海
期末テスト最終日、前夜。
日付けが変わる直前「ごめん純! これだけ! これだけ教えてくれ答え見てもわけわか……頼む……」と205号室のドアを開け、真っ暗な室内を見て声を顰めた潮に数学を教えていた。
「あーーうぁーーなるほどなぁぁ」
「惜しかったよ、
考え方は合ってた」
「いや、甘やかさないでくれ。間違いは間違いだ」
ヒソヒソ声で頭を抱えたかと思えば、シャキッと背筋を伸ばして甘やかしお断りする潮。
ロフトでは紅騎が寝ているから、ローテーブルにボクの卓上ランプを持ってきて、暗がりの中額を寄せ合っている。
「でも、6時間は寝ないと脳も暗記しないっていうよ」
「それ先生この前も言ってたよな。そう思って寝ようとするんだけどさ、何かこう、焦っちまって眠れないんだよ」
時々ボクのことを先生と呼ぶようになった潮。
眠れない気持ちは解る。
「偉いな、潮は」
思ったことをそのまま呟くと、ノートに向かっていた潮が顔を上げた。
「……
「ヒッ!!」
驚きすぎて声が出て、咄嗟に口を押さえた。
「ごめ」
「だいじょーぶ。だからまぁ、偉くはないっつーか」
ゆっくりと、穏やかな調子で云う潮。こちらの方が照れてしまって「いや、いやいやぃゃ……」と両頬を挟む。
ちら、と潮を覗くと、「まだ内緒な」とやっぱりいつもより大人びて見える表情で微笑む。
「う、ん。ないしょ」
それって。
そういうこと? だよな……。
ドキドキと鳴る心臓を抱えて、真剣に問題に取り組む潮を盗み見る。
そんな潮を見たら、何だか自分も何をかははっきりしないけれど何かを頑張ろうって気持ちになって唇を引き結んだ。
「っつっても純はもう寝るところだったよな、悪いな付き合わせて」
その謝罪に思い切り首を横に振る。
「いい。全然いい。ボクも目が覚めた。潮が満足するまでやろう」
「おまえ……いいヤツだなぁ」
じーんとした表情を見せる潮に、心の中で精一杯の頑張れ!! 頑張ろ!! を叫ぶ。
どうかボクの微力が1点でも多く潮の力になりますように。
・ ・ ・
「はっ!!」
テストの夢を見て飛び起きた。テスト用紙が配られて、始めの合図があって、勢いよく机に向かったけどどういうわけか問題がぼやけて見えない。周りはシャープペンシルの音を響かせてどんどん問題を解いていく。焦る。そんな夢。
「よかった、夢か」
身体を起こして滲んだ汗を拭う。昨日——は、どうしたんだっけ。
潮が来て。
それは夢じゃないよな?
それで?
「何がよかったの」
上の方から声が聞こえてきてまたはっとする。
「紅騎ごめん、今ので起こしちゃった?」
慌ててベッドサイドに乗り出て上に話し掛けると、ロフトへの階段から顔を覗かせた紅騎が「んーん」とまだ眠そうな声で返す。
丁度その時彼の背後でけたたましい目覚ましが鳴って、紅騎はノールックでそれを止めた。起きる時間だったのかもしれない。
「ボクはもしかすると寝てしまったのか……?」
ほっとしたついでに昨日の続きを推理し直す。
ぼーっとした紅騎が階段を降りて来た。
「何が?」
わざわざ目の前まで来て、見下ろされる。その影に覆われたボクは「それが昨日、潮とテスト勉強したんだけど」と打ち明ける。
心の中では潮の
「はぁ?」
「えっ」
予想外も予想外、紅騎から返ってきた反応は不満そのものだった。
まさか紅騎に隠し事をしたのが早速見つかったのかと思って喉がおかしな音を立てた。
「夜? ここで?」
「ココデ……」
「で?」
紅騎はしゃがみ込み、今度は見上げられる。眉間に皺が寄せられ、目も据わっていてこわい。顔の造形が整っているとそれだけで迫力が増すのだな。
「で? あ、それで、どうやってベッドまで移動したかなと今……」
「……」
うおお、こわい。何故紅騎が怒っている(?)のかわからなくて、それ含めてこわい。
「それより眠れてねんじゃね? クマ濃く見えるけど」
「そ、そう?」
「6時間は寝ないとなんじゃねーの」
「うん」
何気なく言ったことなのに、潮も紅騎もよく覚えてる。感心しつつそうだよな、自分で言ったことなのにごめん、と謝った。
すると紅騎は立ち上がる。膝上丈のジャージポケットに手を突っ込んで影を作り、何かを考えている様子。
「純」
「へ、ぁ、はい」
「顔洗い行こ」
——その後も淡々といつも通りの朝支度を熟していく紅騎は何だか、スン……とした表情をしていたけどどうしてかは訊けないままテストに入った。
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