とは言ってやれねーわ。フツーに気になるし」



これは、不純だろうが何だろうが言わざるを得ない状況、というやつだ。だって今寮長さんが『あっそ、言わないならもういーわ。気が変わった。チクってこよ〜♪』と部屋を出て言っても、『何調子こいてんだコラチビボケェ。テメェに言わねぇっつう拒否権なんぞあるわけね〜〜だろゴルアァ!!?』と額をこの丸テーブルにぐりぐりされても何の文句も言えない首が薄皮一枚で繋がっただけの自分なのだから。



「あ、会いたい人がいて」



恐る恐る視線を向けると、一瞬きょとんとした寮長さんは再びふは、と笑って


「確かに不純だな」と、酷い妄想をしてしまったのが申し訳なくなるくらい優しく目を細めた。



「で、だ。主に困る事っつったら風呂とかか? 自慢じゃねーけど我が寮にはシャワールーム付きの部屋なんて小洒落たもんはないし、部活棟にはそこそこボロいのならあるけど……やっぱ最善は大浴場の開放時間前後に清掃中立ち入り禁止Ver.の看板立てて入るっつう古典的な方法だと思うわ。女子寮に潜入して風呂だけ使わせてもらうのもありだけど、潜入なんかできんならとっくに男共がルート確保してるだろうしな——」


はっはっは、と笑って数秒後、真顔に戻った寮長さんが一言、「ごめん」と謝った。


「これセクハラだよな」


「ぁ、いえ……大丈夫です。すみません、今寮長さんが仰った案をシュミレーションしていて」


「そ? セクハラに感じたら我慢も遠慮もせずすぐに言ってくれ」


ボクが生物学上、一応女であるばかりに気を遣わせてしまっているようだ。ただでさえ三年生は受験に加えて色々な事が最後となる、忙しくて大切な時期だと言うのに申し訳ない。

と眉が垂れた時、寮長さんは再度あ、と口を開き、ボクは小首を傾げた。


「コウキには会った?」


「相部屋の。いえ、それがまだ。今部活中だと聞きました」


「あー、そっか。コウキなぁ……どうだろ。純がアイツを見た上で女だって事を打ち明けるってんなら、良いと思う。約束は絶対守るだろうし。口も軽くないと思う。ただ、言わないことにして、何も知らないコウキが風呂行こーぜーってしつこく誘ってきたりしたらこう言え。


『ボクコウキみたいなカッコイイカラダじゃなくて恥ずかしいから覚悟できたら一緒に入ろ?』」



「わかりました」


「よし、良い子だ。あとは校内——あれ、制服は? 」


互いに頷き合い、問われた為、そういえばすっかり食欲に負けて後回しにしていたけど受付の道子さんが届いた制服は部屋のクローゼット内に掛けておいてくれたと言っていたことを思い出して、取りに行く。


「ありました!」


ボクは軽いクローゼットの中にピカピカ艶々の真新しい憧れの制服が在ったことに鼻息を荒くして席に戻ったけど、寮長さんは深く何かに納得したように「成程なぁ」と呟いた。


「どうりで。スラックスだから変に思われなかったわけか」


「あ……! 確かにそうですね。ここも女子は選択できますもんね、スカートかスラックス」


また、互いに頷き合う。


「そしたら体育の着替えぐらい?

じゃーそれはこっちで養護教論に相談してみるわ。云って大丈夫? 養護教論、所謂保健室の、女の先生なんだけど。丁度明日朝イチで用あるから」


「はいっ」


申し訳なさと感謝の二つ返事。その後で、控えめに挙手をした。


「ん? ドウゾ」


「あの、お手洗いは」


「男子トイレ」


「え」

「男子トイレ。当然だが女子トイレはないし、MTバリアフリートイレもない。食堂の女性ひととかも多分寮母の道子さん同様 通称道子部屋のトイレ使ってると思うけど、純がそんなの使ったら一発アウトだろ」


「で、もボクが男子トイレに入ったらそれこそ正当なセクハラになるのでは」


「正当なセクハラって」


大真面目な真顔で問うたものの、寮長さんは途中まで真顔で付き合った後噴き出した。

そうして、だいじょーぶだいじょーぶとひらひら手を振る。


「覗き込まなきゃ見えるもんも見えねーし、まー純が毎回個室なことくらいは揶揄われるかもしれねーけど。そんなん無視しろ、無視。もし嫌な思いしたら俺にチクれ。

そうなる前に大抵コウキが助けてくれると思うがな」


「コウキさん」


「ん」


一体、どんな人なのだろう。目の前に居る最早神と崇めるべき存在に近い寮長さんからの信頼も厚いんだなぁ、と未だ会った事もない人に思いを馳せる。


寮長さんは「あと近場だと右隣、206号室の天野とかも信頼して大丈夫だと思うぞ。あくまで個人的な見解だけどな。逆に203号室、湊、ウシオ辺りはバレても仕方ねぇくらいの覚悟があった方がいいかもな」と笑った。


湊。そうだ、湊。203号室と言っていたからあの湊で間違いないだろう。唯一想像の黒いシルエットから色付いて浮かび上がった姿に安心する。

湊もボクを男の子だと思っているのか。

そして、それはそのままの方が良いとのことだ。意図せず女だと認識されなかったのと女だという事実を隠し通さないとならないのとはドキドキ度が大きく変わってくる。


と、その時。


寮長さんのすぐ後ろにあるドアがコン、コン、と上品なノック音を響かせて肩が跳ねた。



「マツカタです。星悟くん居ますか?」

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