第15話

私を、私の傷をその場凌ぎで殺してくれた唄。




私を、生かしてくれた声。






いつか“私”に、触れたことがあるのではないかと錯覚するような――――左手の指。





その全てと、その年の夏。




とある大学の図書館、長い廊下の端と端で再会する。








「……――――――」





呼吸をするということを忘れるこの感覚、血液が、正常に身体を巡らず頭が沸騰するような痛さをなかったことにするようなこの感覚。




身に覚えがあった。





どこまでも飛んでいく筈の声は、唄は、この大学の大きな図書館の中、あまりにも小さな声で。




けど私の耳がそれを聴き逃すことは許されなくて。




だから私を境に、外の世界へは出て行かず、何十年も前に書かれた書籍の薄っぺらく偉大な頁の隙間に、私の脳細胞の底に、形も無く沈殿して永遠に消えることのない。






唄は矢張り日本語ではなかったのだ。





声が低く透き通っているのは、その声が生きる為に必要な言葉以外を発さず存在し続けていたからだろう。





あの日あの結婚式場――チャペルで、涙を浮かべていた眸は黒ではなく、くぐもったような深く薄いグレーで。



変わらないと想わせる癖のある髪は、ステンレス製の脚立に腰掛けた上に在って。




左手の指は、とても器用に迷いなく、ノスタルジックな紙を捲っているのみだった。







「――――――先生」








私が一年間だけ生きることを赦された魔女だったなら、迷いなくこの声に殺されることを望んだだろう。







私が生きている最後の瞬間にそれを、生きていることを実感するために何かを赦されたとしたら、迷いなくこの声で生を抱き締めただろう。

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