第9話
「がっくん。お歌うたって」
あい漓と、朗らかな彼女のお母さんと談笑していた時、テレビを観ていたはずの奏が目をとろんとさせて、タオルケットを引きずってやってきた。
「……」
「あー。ごめん学、寝かせられる?添い寝でいいから」
「え、う、ん……」
鳥肌が立つほど温かく、ちいさなちいさな手に引かれるがまま席を立ち、ありがとうと言う彼女の母親の声をちゃんと聴かないまま寝室へ。
勝手に敷布団に入って行く奏を見守っていると振り返られて確認されて、空いたスペースを叩いてここに来いと示される。
大人しく布団に失礼すると、思い切り寝返りをうった奏がぶつかってきて悪戯に、それでも眠たそうに笑った。
「お歌うたって」
いつも歌ってもらっているのか、ここに来た大人は皆歌が歌えるものと思っているらしい。
「ぼく、歌は……あまり知らない。聞かない」
そんなじっと見られたって、知らないものは知らないし、歌えない。
「なにもうたえないの?」
見限ったような言い方だった。
「……ドイツ語のウタ、一曲だけなら」
「どいつご?」
「うん」
「うたって」
「……――――――」
思えばその時、初めて人を目の前にして歌ったんだと思う。
「ありがと」
ちいさく声にされた言葉。
歌のことかと思ったら、“奏”は薄暗い中で瞼を閉じて、こう言った。
「あのね、……『しあわせ』の、白いお花」
歌を止めないように、ちいさな声で。
だから僕は歌いつづけた。
最中、奏が眠っていることに気付いて、なんだか心の底から初めてあたたかい気持ちになった。
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