第8話

彼女の家へ着くと、彼女の母親より先に玄関先で迎えてくれた小さな光があった。



光は、やっぱり“奏”という名前で、奏は蹴られたばかりの脛にしがみ付いて人見知りもせず「いらっしゃい!」と大きな声で言った。



「こらー。学お兄ちゃん、靴脱げないでしょ」




「……」



僕は動物が特別好きというわけでもなく、猫を飼っているということではなかったが、猫よりも温いなと思った。



「奏。誕生日、おめでとう」





ずっと左手に持っていた、4輪の百合の花を手渡した。




待ち合わせ場所であい漓を待っている間、誕生日って、何かプレゼントするものだっけと思い出して、視界に入った駅の花屋に立ち寄った。


春先だと云うのに暑いのか顔を赤らめた店員が「4輪で宜しかったですか?」と、二度、確認した。


僕は二度ともはい、と答える。





「いーち、にーい、さんしっ!4!ふきつの4!」



――子どもって、正直なんだなと思って目を瞬かせた。瞬時に慣れた様子であい漓が奏にこつんと甘い拳骨を喰らわす。



「奏ーー?」



奏はキャッキャと声を響かせて、4輪の百合を持った手で拳骨を喰らった頭の天辺を押さえた。




これを見たら、『4輪』を見ても何も言わなかったあい漓が大人に見えてきて思わず笑ってしまった。



「……っはは」



靴を脱ぎ終えて挨拶した時視線を感じて足元を見下ろすと、奏がきょとんと僕を見上げていた。




あまりにもじーっと見つめるから、無視することもできず、取り敢えずしゃがむ。




「ふきつ」




子どもはぽつりと呟いた。




「うん?違うよ。しあわせのしだよ」


「しあわせ?」


「うん。幸せ。解る?」



鼻を擽る百合の香り。


ふわりと鼻先を寄せて眸を上げると、子どもは僕でもわかるほど、照れたように顔を背けて「わかるよそんくらい!!」と大きな声で言った。




僕はまた、目をぱちくりと瞬かせて、それからリビングへ駆けて行く小さな背中を見送って、笑んだ。

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