第8話

何か、もう、なんかもう、いいかな。



色々言われてしまったら、全部本当のことだろうし怒っていた気持ちもどこかへ行ってしまった。




「……、あ。もう此処には来ないし、あの、身体も私なんかに使わなくていいので。いっこだけ。急にお金必要だったんだよね、理由だけ聞いていい?」





緩められた指先を、離れて落ちる私の手。





どうしてかきょとんと、拍子抜けしたような彼の表情はもう、見上げていても視界に入って来なかった。





「え、は……?金返さなくていいって正気?俺、騙して詐欺ったんだけど……」



「正気正気。信じてもらえないかもだけど今日も偶然だっただけだし、もう、本当に会わないから。ひとつだけ」




そういえば、



樫月って名字は本物だったのかな。




下の名前、聞かなかったな。






「……つがいで飼ってるオカメインコが卵産んだんだけど、母親が病気になって……」






なんだそれ……、って。





初めて会った時も思った気がするけど、やっぱりこの人、変な人だ。






「そっか、はは。……。じゃ」




「……待った。ミクさん」



「え」




踵を返してすぐ、さっきからあんた呼びだったから覚えていると思わなかった名を呼ばれたことに驚いて顔を向けると、彼は、樫月くんは、どうしてか困惑したような表情で私から目を逸らしてちいさな言葉を口にした。




「……ごめん、泣かせた。悪かった、です。すみません。今のはちょっと、まさかそういう反応に出られるとは……、あーーっ、もう」




目元を覆って、手で影を作ってしまう彼に、私は立ち去るタイミングを逃したように振り返りきることもできず中途半端な身体の方向のまま、何か考えている様子の彼を直視できずにいた。







「ミク、さん」





ふと、数分前とは違う眸を上げた彼。


何が違うのかはまだわからない。





「やっぱり金、返させてくれない…ですか、少しずつ」






「は?」



「俺、今“キた”んですけど」


「えっな、何が」





「…………貴女に対する、結婚願望のような」

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