第22話 喧嘩

 奏の先導に従って旅館内を歩く歌乃達。

 テンションの上がりっぱなしの奏を、歌乃が上手に制御して四人は進んでいた。


「ふんふ〜、ふん〜〜、ふ〜」

「……テンション上がるのは分かるが、その鼻歌は何だよ」

「聞き苦しいならやめるよ?」

「残念ながら曲名が頭に浮かぶくらい上手いな畜生め」


 歌乃はそう言いながら、奏の横を歩いていた。

 歩幅から考えると歌乃は奏よりも早く進む。それをあえてゆっくり歩いて奏の歩く速さに合わせていた。

 その事に気づいている和人と弥生は生暖かい目で歌乃と奏の二人を見ていた。


「そういえば歌乃大丈夫?人が多いところだし、疲れてない?」

「どっちかと言えば……」

「言えば?」

「肩の辺りを中心に疲れてる」

「よーし、後十分頑張ろうか」


 言い合う二人。

 側から見ていればただの仲良しにしか見えなかった。


「二人とも仲良いな」

「まあね」

「……素直に喜べねえ」


 和人の言葉を聞いた二人はそれぞれの反応を見せる。

 それから十分。歩き続けた四人は一度休憩を取る事にした。

 旅館の中ではあるが、人の少ない場所もある。一定の距離で置かれているソファに深く座り込んだ奏。歌乃は座らずに近くにある自販機に目を向けた。


「何か飲み物買ってくる。欲しい奴は?」

「私適当にフルーツジュースで。あればフルーツオレお願い〜」

「んー、俺歌乃と買いに行くわ。弥生は?」

「じゃあ、私カフェオレで。……ちなみに先生的に買い物オッケーなの?」

「俺さっき確認したけどオッケーだとさ」

「ならいっか」


 そう言った後、財布を取り出した歌乃に和人は隣を歩きながら聞いた。


「半分出そうか?」

「後で返してくれればそれでいい」


 雑談をしながら歌乃が自販機の前で小銭を取り出した時だった。


「黒瀬」

「……どうした」


 歌乃の耳に聞き覚えのある声が聞こえた。

 嫌な予感が今日はよく当たる。右手の小銭を自販機に入れながら歌乃は答えた。

 蔵馬寛人だったっけ、と。

 何となく歌乃は寛人の顔と伝言を思い出した。


「僕が言った事を覚えてるか?奏に返事をするように伝えてくれ、と僕は言ったはずだ。まだ返事が返ってこない、しかもずっと未読のままだ。僕が君に言ったのは土日を跨ぐ前の日だった。今週になっても奏から一切の反応がないのはおかしいだろう。……どういうことだ?」

「普通に忘れてた。悪いな」

「うん、何か俺無視されてない?おーい?」

「へえ。君は言われた事すらまともに出来ないのか?ただ奏の近くにいるだけなら何のためなんだ?」

「……何でそんな喧嘩腰なんだよ。俺お前になんかした覚えないんだけど」


 取り出し口に落ちたフルーツオレとカフェオレを手に、歌乃は後ろを向く。

 無視されて不満げな和人の隣。

 若干の敵意を感じる寛人の視線が向けられていた。


「和人、悪いけどこれ二人に渡しといてくれ」

「おい」

「少し話すだけだ。ほら、さっさと届けてくれ」


 和人は顔を顰めた。

 少なくとも目の前の二人を残せば碌なことが起こらないことは分かっていた。

 だが、歌乃が拒絶する以上どうしようもなかった。


「……なんかあったら呼べよ」

「はいはい」


 和人を見送っている間も未だ敵視してくる寛人。

 歌乃は向き合った。


「で、何?」

「わざとだろ」

「何に対しての言葉か分からないな」


 敵対視されている。

 だから、歌乃も同じ対応で向き合う事にした。


「そもそもの問題だな。俺はお前の伝言を奏に伝えるのを忘れていた。その点に関しては謝罪する。だけど奏の近くにいる事の何が悪い?」

「は?奏は僕の元カノだ。近くに男子がいるのが問題だろ」

「そんなの知るか。いちいち突っかかってくるな。嫉妬か?」

「……調子に乗るなよ」


 ああ、怖い。

 胃がキリキリして痛み出した。

 それでも歌乃は平然を装った。


「あのな、俺は奏の幼馴染でお前とは何の関係もなかった。わざわざそれを強調して俺に伝言を頼んだのはお前だろ。何がしたいのか訳分からん」

「付き合ってもいない女子とあの距離感はおかしいだろう。幼馴染だとしても限度がある。幼馴染、と強調して言ったのは遠回しな注意だと分からなかったかな?」

「それは悪かった。俺言葉の裏読むのが大の苦手でな。直球に言えよ、奏と復縁したい、妙な距離感のお前が邪魔だって」


 歌乃の言葉に寛人は苛立ちを見せた。

 当然歌乃は寛人の考えを読んだわけでは無い。

 歌乃は寛人から奏へのメッセージを直接見たが、寛人からすればそれは知るはずのない情報。

 それでも腹の底を見透かされているようで気分が悪くなっているはず。

 歌乃は構わず畳み掛けた。


「最初に言った通り言いたい事があるなら奏に直接伝えてくれ。俺は知らん」

「だから、僕は……!!」

「言い訳したければ友達にしてこい。……ただ、な」


 歌乃は。

 この日初めて怒りを見せて言った。


「お前のやり方は陰湿で気持ち悪い。俺は幼馴染だが奏に恋人が出来たと分かったなら節度を持って接する。お前が正規に奏の恋人になるなら俺は何も言わない。人を排除する前に自分が動けよ。性格に問題があると自覚してるなら直せ。自覚してないなら周囲の助言を大人しく聞け。未読になってる理由は何だ?メッセージを他の奴に見せて聞いてみればいい。答えなんざすぐに分かるだろ」

「……」


 そう言い放って歌乃は寛人を自販機の前に残して歩いて行った。

 奏が座っていたソファに戻ると、険しい顔の奏がそこにいた。和人と弥生も困惑したような表情を浮かべる中、歌乃はため息を抑えて平静を装った。


「休憩は十分か?」

「歌乃」

「余ってる時間あと20分くらいだな」

「歌乃!!」

「……何だよ」


 奏は険しい表情を浮かべたままだった。


「今、絶対に無理してる」

「大丈夫だ」

「歌乃が大丈夫って言う時は大丈夫じゃない事が多い」

「奏ちゃん、ちょっと落ち着いて……」

「お前最近しつこいぞ」


 苛立ちが募っていた歌乃はつい言ってしまった。

 その言葉を聞いた奏は苛立ち始めた。

 バスの中で打ち明けていた悩み。

 自分のせいで寛人に絡まれる事になったのにそれを抑えようとする。

 何故素直に相談してくれないのかと。

 積み重なった苛立ちが、表面化してしまった。


「しつこいって……私は歌乃を心配してるのに」

「いちいち反応が過剰なんだよ。お前は俺の保護者のつもりか?高校始まってからお前ずっとそうだろ」

「歌乃、その言い方は……!!」

「っ!そんな言い方、無いでしょ!?歌乃はほっとけないから私は……!!」

「は?ほっとけないってなんだよ。俺もお前ももう高校生だろ。幼馴染だからって俺が毎回助けてもらわないといけないのか?ふざけんな」

「私は歌乃の事を心配してるの!!」

「だからそれがしつこいんだよ……!毎回毎回、面倒くさい、何かある度に何があった何があったって、何度も言うけどお互いもう高校生だろ!」

「おい、歌乃少し落ち着け!」

「奏ちゃんもだよ!お願いだから少し落ち着いて!」


 周りに和人と弥生以外人がいない事も相まって二人の言い合いは止まらなかった。


「だったら何!?ほっとけって事!?」

「そう言ってんだよ、なんで分かんねえかな……!!」

「歌乃の事、放っておけるわけないでしょ!?」

「ほっとけよ!!何でいちいち関わろうとするんだよ!!」

「だって……!!」

「お前には関係ないだろ!!」

「歌乃!!」


 勢いのまま発された歌乃の言葉。

 感情的になっている奏が言い返さないはずもなかった。


「……そうだね。歌乃が自分で解決すればいい!!」

「最初からそう言ってるだろ。本当に面倒臭い……!!」

「っ!!もういい!!歌乃の事なんて、心配しない!!勝手にすればいい!!」

「ああそうしてくれ!!ストレスが減って俺は助かるからな!!」


 バチン、と。

 歌乃の頬に奏の手のひらが勢いよく叩きつけられた。


「ふざけないで……!!ストレスって何!?私が原因だって言いたいの!?」

「実際に、そうだろ……!!今、間違いなく、一番のストレスは、お前だよ!!」

「っ……分かったよ!!もう、知らない!!」

「奏ちゃん待って!!」


 走り去っていく奏から視線を外して歌乃はソファに座り込んだ。苛立ちを吐き出すかのように額に拳をぶつける歌乃。奏に叩かれた頬がジンジンと痛みを伝えていた。


「……何してんだよ和人」

「歌乃、あの言い方は駄目だ」

「……うるせえ」

「落ち着けば分かるはずだ。天崎さんは本当にお前の事が心配で関わろうとしていたはずだ」

「いくら心配だろうがなんだろうが、しつこいのも事実だ」

「……後でちゃんと謝れよ」

「……」


 歌乃は答えない。

 合宿一日目。

 到着して少し経った頃。

 歌乃と奏の間に溝が生まれてしまっていた。

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