第11話 ちょっとした悩み事

「じゃあ、俺帰るから」

「うん」


 意外と、何とかなった。歌乃の感想としてはそんな漠然としたものだった。

 カラオケでの気まずい様子とは裏腹に、昼食をファミレスで済まし、適当に本屋で時間を潰して、と帰り道でしばらくすれば二人の調子は元に戻っていた。


「また明日な」

「はーい。また明日ねー」


 手を振って家に入っていく奏を見送り、歌乃は隣に建っている自分の家へと歩きドアを押して入った。


「ただいま」

「おかえりー」


 リビングでスマホを手に寛いでいる両親に声をかけ、そのまま二階の自室へと戻った。

 荷物を床に放り、駄目だと分かっているが制服のままベッドの上に倒れ込む。歌乃としてはかなり大勢の人間と会って疲れている、というのが本音。

 更に言えば、無理矢理にでも奏に誘われてカラオケに行ったことで多少はストレスを発散出来ていた。

 そんな風にぼんやりと天井を眺めていると、手元のスマホから通知音が聞こえた。


「……元気だな」

『カーテン開けてみて!!』


 歌乃は送られてきたLINEの言葉通り、カーテンを開けて外を見た。

 視線の先には、部屋の中から悪戯っぽい笑みを浮かべて手を振る奏の姿があった。トントン、と手に持つスマホを突く仕草を見せる奏。すぐに歌乃のスマホが震え出した。

 当然、歌乃のスマホに表示されたのは『奏』と実名で登録された文字。

 溜め息を吐きつつ歌乃は応答ボタンを押した。


「……さっきまた明日、とか言ってなかったか?」

『こめん気が変わった。今から遊びに行っていい?』

「断っても来るだろ……」

『じゃあ今から行くね!』


 一方的に通話が終了し、奏の部屋のカーテンが閉じられた。

 それから数分後。歌乃がのんびりとベッドの上で転がっていると一階が騒がしくなった。


「……準備するか」


 そう呟いて歌乃は部屋に置いてあるゲーミングモニターを起動し、二人分のコントローラーを接続する。ゲーム一覧を眺め、どれにしようかと歌乃が選んでいる間に部屋のドアが開かれた。


「失礼します」

「今更畏まるな。さっさと入れ」

「分かった」

「ゲームは?」

「モン○ン一択」

「はいはい」

「充電器貸ーして」

「勝手に使え」


 近くにあるコンセントに挿しっぱなしの充電器に奏は自分のスマホを繋ぐ間、歌乃は既に用意していた。

 早速ゲームタイトルが画面に映る。右下に出る『loading……』の文字の動きを見つめながら、歌乃は奏に聞いた。


「何か悩み事か?」

「……こういう時だけ鋭いよね、歌乃って」

「は?いつも鋭いだろ」

「押し倒された事、歌奈さん達に言っちゃおっかなー」

「お前意外と図太いな……。聞き直すぞ。何かあったわけじゃないのか?」

「ちょっと……愚痴を吐きたいね」


 二つに分割された画面で二人はそれぞれ操作を始める。その最中、少しずつ奏は話し始めた。


「今日の入学式でさ、元同級生見かけたんだよね」

「お前記憶力は良いもんな」

「歌奈さ〜ん」

「悪かった。性格も良いな。で?見かけただけで一々愚痴なんか言いにくるほど嫌な奴だったのか?」


 画面内では準備を完了した二人のキャラが、依頼を受注していた。


「私さ、何人か付き合ってた人がいるの」

「だろうな」

「それでまあ、今は全員別れてる。断っても試しに恋人関係になってみないか、きっと考えも変わるって言われて。一理あるし、付き合ってはみたけど結局変わらなかった」


 画面の『loading……』の文字を前に、奏は続けた。


「何が言いたいのかって言うと、ちょっとイラついた時の事思い出しちゃって。だからちょっと吐き出したくなった」

「それだけじゃないだろ」

「……バレた?」

「思い出した程度で一々苛立つほど引きずる性格してないだろ、お前は」


 俺と違って、という言葉を歌乃は言わずに飲み込む。わざわざ自虐をする必要はない。

 奏の顔を横目で見ると、心底うんざりした表情でゲーム画面を眺めていた。


「スマホ、見ていいよ」

「……あのな」

「今更気にしないって。あ、パスワードは秘密ね。ホーム画面見て」


 歌乃は奏のスマホの画面をタップして通知センターを確認した。いくつかのアプリの通知。それに紛れてLINEの通知が来ていた。

 それも、一人の人間から連続して。


『いきなりごめんね。友達から連絡先教えてもらった』

『高校一緒だなんて、気付かなかった』

『偶然だけど、これからもよろしく』

『もう一度二人で会いたい』

『読んでる?奏』


 奏からの返事が無いためか、この後にもツラツラと一方的に送られてきている。それを一通り見終わる前に、歌乃は画面を消した。


「これは控えめに言って頭おかしいだろ……返事もしてないのに何十通もこの内容のメール送るのは流石に……」

「……まあ、歌乃になら言ってもいいか」


 画面内で二人のキャラがゲームの看板モンスターを襲い始めた。


「その人さ。『理想の押し付け』が酷かったの」


 尻尾を重点的に二人は狙う。

 歌乃はガンランス。奏は双剣。

 二人の性格を示すような武器選択。


「色々言われたなぁ……。友好関係にも口出されたし、生活態度にも五月蠅かったし、服の事も口出しされたし」

「何で付き合ったんだよ」

「これからよろしくねって一方的に。私は断ったのに彼氏面されて周りから勝手に付き合ってる、って言われてた」

「……つまり、元カレではあるけど元カレではないと」


 尻尾が部位破壊され、モンスターの悲鳴が画面から鳴った。


「今苛ついてるのはそれが原因。帰って気付いたらスマホがその状態だったから」

「ブロックすればいい」

「……あ、そっか。そうだね」

「やりづらいんだろ。俺がやるからロック外して渡せ」


 奏がロックを外し、歌乃はLINEからその男のトーク画面を選択。


『なあ、今、誰かと付き合ってるのか?』


 あっさりと、歌乃はその男をブロックした。

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