第9話 二人の関係 (2)
「楽しんでますかー!?」
「……テンションたっか」
現在の状況。二人でカラオケ。以上。
「なーに考えてんの!?歌いましょうよ!!」
ぼんやりとそんな事を考えている歌乃の前に、マイクが突きつけられた。持ち主は、満面の笑みを浮かべた奏。普段の印象を完全に破壊するような表情を見せている。
「……耳壊れる。マイク手放せ」
「カラオケだよ!?歌おうよ!!」
「音痴が歌ってどうするんだよ」
「もう曲入れてあるからね!!デュオで歌うやつ!!私と歌乃で歌うよ!!」
「ざっけんなよお前」
「さあさあ歌いましょ〜!!」
「喉壊れるぞ」
「別に平気だけど?鍛え方が違うから!!
あ〜〜〜〜〜〜〜〜(※プロ並みの高音)」
「うるせえ!!」
なんやかんやと、歌乃は奏と何曲も歌う羽目になった。気付けば歌を予約され、マイクを手渡され、さあ歌うぞと何曲も歌わされる。
二十回を超えたところでようやく歌乃はマイクを手放すことができた。
「喉が………死ぬ…………」
「休憩していいよー。その間一人で歌ってるから」
「……あっそ」
再び歌を予約し始めた奏。その様子を呆れたように見てから歌乃は個室から外へと出た。
コップを片手に、飲み放題のジュースをその中に注いでいく。一気に溜まっていく液体を止め、そのまま持ち上げて壁にもたれ掛かった。
「……」
奏に無理矢理連れて行かれてここに来た。だが、どうしても気になっていることがあった。
歌乃自身は、自分は自惚れているつもりも鈍感なつもりもない、そう考えている。それこそ、奏に対しては人よりはまだ理解しているつもりだった。
今日、陽宮先生の話の後。奏は歌乃を連れてカラオケへと入った。
久しぶりに会った旧友ではなく、新しい友人ではなく、幼馴染である自分を優先した理由。それが歌乃には分からなかった。
素を出せる。あってもそれぐらいだ。
さっさと帰って一人になろうとした歌乃を引き留め、カラオケに連れ込み、一緒に遊ぼうとする。当然、歌乃は人の多さを好まないために奏は二人で行く事を選択した。
その時点で、その他大勢との縁を繋ぐチャンスを無駄にしている。わざわざ歌乃に構って他を諦める必要など、無いはずなのだ。
教室を出る時も自分に対する視線を感じていた。
「……ほんと、何でかな」
自分は人との繋がりを好まない。出来ても数人と仲を深めるのが精一杯。面倒な性格。
奏は、贔屓目に見なくても人気がある。大勢と仲良くできる。性格だって丁寧で明るい。
いつも思う。
何故、奏と接点が出来たのか、と。
最近になって思う。
何故、再び関係が出来てしまったのか、と。
「……戻るか」
一人でいると、ネガティブな思考に至りやすい。
そう思い、部屋に戻ろうと踵を返した時。見覚えのある制服が歌乃の視界に映る。ここのカラオケは高校の近く。他の生徒がいてもおかしくは無い。三人の女子生徒、そして勘違いでなければ同じクラスにいたはず。
黒、黒、一人だけ金か。
歌乃は三人の髪色をぼんやりと眺めて、しかし急に我に帰って曲がり角に隠れた。その少し先で女子達は話し始めた。
「そういえばさ、天崎さんと幼馴染だって言ってた男子、誰だったっけ?」
「えーと、確か『黒瀬歌乃』って言ってたかな。女の子にも居そうな名前だったから覚えてるよ」
「そうそう!もしかして、幼馴染以上の関係だったりして……」
「そんなわけないでしょ」
二人の女子生徒が楽しそうに邪推する言葉を、もう一人の金髪の女子生徒がハッキリと否定した。
「
「は?当たり前でしょ。アイツ見ててイライラしたし」
本当に苛ついているように、瑠奈と呼ばれた女子生徒は強い口調で断言する。
その言葉に、嫌われたか、と。
思ったのはそれだけだった。気にならないといえば嘘だが、学校で関わることなど滅多に無いから気にしなくていい。
「天崎さんに甘えて、申し訳なく無いのかって思うし」
その言葉に、思わず歌乃の足が止まった。
「空気読めない、言動よく分かんない、クールな感じで気取ってるし。一人が好きとか、本当に意味分かんない。挙げ句の果てに、天崎さんが構ってくれてるのを当たり前みたいに受け入れてる。天崎さんだって、もっとはっきり拒絶すればいいのに。構ってもらえるからって調子に乗ってるようにしか見えない」
「ちょっと……本人がいないからって流石に言い過ぎだよ」
「迷惑かけてるのに気にしない奴が嫌いなのよ。周りが世話焼いてくれてるだけって分からないのかな」
歌乃が聞き取れたのは、そこまでだった。他の部屋から漏れ出る歌声。廊下にいる他の人の話し声。別の音に塗り潰され、聞こえなくなったと思った時には三人は何処かの個室へと入った後なのか、既に居なくなっていた。
「……温くなったかな」
歌乃の心には、先ほどの瑠奈の言葉が残っていた。迷惑をかけている、構ってもらっている、その関係に甘えている。
グルグルと止めどなく思考が同じところを回っている。
そうして気づけば個室の前に戻っていた。
ドアノブに手をかけ、開けるとそこには今まさに歌い終わって満面の笑みを浮かべている奏の姿があった。
「……悪い、遅くなった」
「おっそーい!!」
「……だから、悪いって」
「さあさあ、歌おうか!!」
グイ、と押し付けられるマイクを掴み。
二人は次の歌を歌い始めた。
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