第5話 入学式
「……何かめっちゃ疲れた」
「……俺も」
入学式が始まる前から精神的疲労の溜まってしまった二人は死にかけの表情で席を選ぶ。前の方から三分の一程度の場所の席を選んで二人は座った。
「今更だけど自分の組の席で自由に座って、って中々珍しくない?」
「他の高校の入学式知らんし。んなこと聞かれても分からん」
「それもそっか……寝ちゃったら起こしてね」
「そもそも寝ないようにしろ。寝てたら叩き起こす」
「酷いなぁ」
歌乃が後ろへと視線を向けると笑顔の両親と目が合った。
入学式を行うこの場所は旭高等学校の体育館。真ん中から舞台側に生徒の席が、後ろ側に保護者席が用意されている。まばらに席が埋まり始め、少しずつ体育館を出入りする人間が減って席に座る人間が増えていく。それと合わせて大半の人間の視線はある一方向に集中しつつあった。
二人の両親に。
本人達は笑顔だったり、微笑みを浮かべて座っているだけだったり、真剣な表情で前を見ているだけだったり。それでも周囲の視線を集めていた。
「……やっぱり注目されてるね」
「だろうな。……このやり取り何回目だ?」
「中学卒業の時を抜いて、大体十回目かな?保護者が集まる度にああなるからね」
歌乃と奏はそれぞれの両親を気遣う目的で後ろを振り返った。
歌乃に見えたのは笑顔でスマホを横に構える母親、歌奈と手を振っている父親、蓮。
奏に見えたのは相変わらず儚げな微笑みを浮かべる母親、沙良と堅い表情でじっと自分を見つめる父親、龍斗。
気遣う必要は無いな、そう思った歌乃と奏は前に向き直した。
「あれなら大丈夫だね」
「確かに。大丈夫だな」
それからしばらくして。入学式10分前の連絡がマイクを通して伝えられ、入学式が始まった。
入学の賛辞、旭高等学校の成り立ち歴史、各種注意事項、1分ずつの部活動紹介。入学式は着々と進み、最後の校長先生からのお話しへと移った。
ちなみに最初の入学の賛辞の時点で奏は微睡みかけていた。眼は半開き、閉じてを繰り返し今にも船を漕ぐ寸前だった。それでも意地を張って何とか意識を保っていた。今、この瞬間までは。
反対に歌乃の意識はハッキリとしていた。隣に座っている奏の意識が限界なことにも気付いていた。そして、奏の意識が落ちる、その直前。
「では、新入生の皆様。ご起立下さい」
一瞬で奏の意識は覚醒する。微睡に沈みかけた意識を引き戻し、背筋を伸ばす。
周りの生徒の動きと合わせて立ち上がり、
「礼」
お辞儀も完璧に合わせてみせた。
とはいえ、居眠りをしかけていた事実は変わらない。
「……」
天崎沙良は静かに微笑んでいた。その、一切笑っていない瞳で。無論、その様子は奏には見えていない。沙良は後ろの席から奏を見ているのだから。
だが奏はダラダラと冷や汗をかいていた。まるでその様子に気付いてしまったように。
(歌乃)
(……なんだよ。まだ式終わってないぞ)
(後で一緒に怒られてください。お願い)
(……)
(今度カラオケ行った時奢るから!)
(奢らなくていい。……ったく)
仕方ないな、と。歌乃は入学式閉会の挨拶を聞きながらため息をついた。
入学式が終われば写真撮影の時間。体育館前や校門前に集まる家族が目に映る。
冷たい微笑みを浮かべている沙良の姿も、歌乃はしっかりと捉えていた。
奏のために嘘をつく覚悟はした。
それはそれとして、あの微笑みは本気で怒っている。冷や汗をかきながら歌乃は奏と目を合わせると、助けて!と視線で伝えられたような気がした。
「か〜な〜で。私、昨日は夜更かししないように、って言ったわよね?」
「あー、と。すみません、沙良さん。実はですね。昨日の夜、色々ありまして」
「う、うん。え、えっと、実は、ね。歌n」
「歌乃君と連絡取ってた、とか言わないわよね?歌乃君は優しいものね。奏のために嘘をつく覚悟もしてくれてるのでしょう?」
「……お、お母さんすごいね!」
「奏」
「はぃ……」
その後。
沙良に叱られてしょんぼりしている奏と、無表情でピースをする歌乃という組み合わせの写真が撮られた。
そしてその写真に奏が苦言を呈した事により、歌乃と奏は以降数十枚分の写真を追加で撮られることとなってしまった。
「……解せぬ」
「……ごめんね。これは私のせいだわ」
楽しそうにスマホのシャッターを切る歌奈と沙良。対照的に、歌乃と奏には精神的な疲労が更に溜まっていくのであった。
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