第4話 朝(4)

 歩みを進めると段々とその建物が見えてくる。遠目で見るとただ白い四角い建物。近づくと校舎だとはっきり分かる。

 入学式、つまり大勢の入学生も当然いる。学校へと近づくにつれて歌乃、奏と同じ制服を着た同世代の生徒達が増えてきていた。


「……人が多い」

「相変わらず歌乃は人が多いところに弱いね。慣れないとこれから大変だよ?」

「苦手なもんは苦手なんだよ」


 歌乃は複雑な表情を浮かべていた。

 苦手な事柄を自覚しつつも克服できない、それをどうしたものかと。


「それじゃあ、私達は先にクラス分け確認してくるね。お母さん達はちょっと待ってて」

「分かったわ。……二人は同じクラスかしら?楽しみね」

「小説じゃあるまいし、そんな都合いいことあるかな……?」


 奏は沙良にそう言って歌乃とクラス分けの表を探しに行った。

 校舎の近くに立てられた掲示板に一覧になって張り出された表。集まっている大勢の生徒の後ろから二人は自分の名前を探した。


「……案外あり得るのな」

「え?え?見えないんだけど?」


 頑張って背を伸ばすも、ギリギリ掲示板の見えない奏。その隣で、歌乃は自分の名前を見つけていた。一年二組の欄に自身の名前が書かれているのを確認。

 その時隣で奏が俯いていることに気付いた。


「見えない……」

「俺は二組だな」

「……恨めしい」

「その目を向けるのをやめろ。正直怖い」


 人を殺しそうなレベルの暗い瞳。

 歌乃がその視線から目を逸らすと、少しだけ生徒達の間に隙間が空いていた。


「奏」


 名前を呼び、左手で奏の手を掴む。


「何?え、ちょっと!?」

「ちょっと失礼」


 奏の手を引っ張って歌乃は生徒達の隙間を進んだ。多少強引だったが、掲示板の少し前まで進むことに成功した。


「ここなら見えるか?」

「強引すぎる」

「……普通にすまんかった」

「まあでもいいや。うーんと、私の名前……は………ん?」


ーーえ、マジ?

ーーマジ。


 表情だけのやり取りで二人は理解した。

 『黒瀬歌乃』。その更に下に『天崎奏』と書かれていた。

 つまり、二人とも同じクラスだった。


「……なんて言うんだっけ、こういうの」

「事実は小説よりも奇なり、だ。つっても確率的には十分あり得る。そんな珍しい話でもないな」

「……来年も同じクラスになったら同じ事言える?」

「……いやまあ、小学校で六年、中学で二年連続同じクラスだった時はまさかと思ったけど。中三は違っただろ」

「それもそっか」


 忘れないようにスマホでクラス表の写真を撮り、二人は掲示板の前から離れた。そのまま両親のもとに戻ろうとした奏を、しかし歌乃は引き留めた。


「どうしたの?」

「いや……ちょっと、な」


 並んでいる自分と奏の両親を歌乃は改めて見た。

 黒瀬蓮。黒瀬歌奈。天崎龍斗。天崎沙良。

 四人の外見を一言で言えば顔面偏差値の暴力である。

 歌乃の両親は二人とも笑顔の似合う人物。それに距離感も近い。おしどり夫婦、という言葉そのもののイメージ。

 奏の両親は龍斗が真剣な表情、沙良は微笑みの似合う人物。やり手の社長と美人秘書、といったイメージ。

 四人全員が並んでいると更に見栄えが良くなる。


「何だろう、めっちゃ絵になる」

「それはそう。正直お金払って見たいくらい。まあ、私達は家族だから見たい放題ですけどねー!」

「誰に対するマウントだよ」


 戻ってきた二人に。沙良は微笑みを浮かべて聞いた。


「おかえり。それでどうだった?」

「同じクラスだった」

「……あら。そうだったの?」

「まあ……はい。同じクラスでした」

「それなら話は早い。今後ともよろしく。蓮」

「こちらこそ。龍斗」

「一応私達も。改めてよろしく、歌奈さん」

「ええ、よろしくね。沙良さん」


 挨拶を交す互いの両親。

 それを見ていた奏は歌乃と向き合った。


「何だよ」

「まあ折角だし、私達もね。改めて今年からもよろしく、歌乃」

「やる必要あるか?」

「駄目?」

「分かったよ。……よろしく、奏」

「……あのさ」

「……」

「何か気恥ずかしいね」

「言うな。余計意識するだろ」


 ふと気付いた二人がそれぞれの両親を見ると、スマホを片手に同じように笑顔で見ていた。それも、まるで面白いものを見るようにニヤニヤとした笑みで。

 唯一、龍斗だけは無言で目を伏せていた。


「……さっさと体育館行こう。ほら、早く」

「……そうだね。お母さん達も早く着いて来て」


 恥ずかしさを抑えて体育館に向かって歩き出した二人へ。歌乃の母、歌奈が一言。


「写真撮っといたから♪」

「「今すぐ消して!!」」

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