第21話

▶︎ side KIRI ▶︎





「前坂ー。桃何とかさんが呼んでる」



時刻は13:56。


百目鬼さんに呼ばれた一文字しかないヒントに勢いよく顔を上げた。



オフィスの出入り口を覗くと、安心する親しい顔。


でもその表情がいつもと違っていて向ける足が早くなる。



「ももざねです!」


すれ違い様に「わりーわりー」と適当な百目鬼さんに吠え、終盤は最早駆け寄った。



「心未! どうした?」


既に支えるように持った腕。

立ち話じゃ済まされない事は予想できたから押し込むように廊下に出て、空いている商談室を探した。



「ごめん仕事中に」


「年中暇だから大丈夫」


言いながら見つけた空室の明かりと空調を点け、早速椅子を引いて、ちょっと笑ってくれた気がした心未を座らせた。



「これ持ってきただけ」


さっき、遠目にも何だか泣いた後みたいに見えた心未が手にしていたのは、『依頼書』と呼ばれる、弊社に属する社員に与えられた権利の一つ。


此処で働く誰でもの、書かれた困り事に寄り添うのが私たち総務部(特殊)二課の仕事だった。


「え? あ」


手渡され、内容を読むと、そこには『男嫌いを克服する為に協力してほしい』と書かれていた。



「心未」



心未と私、前坂桐は所謂幼馴染みで、心未は出会った頃には既に、男の人が苦手な女の子だった。



私は別の理由で高校からだったけど心未はずっと女子校だったし、多分気兼ねなく話せる男の人も何年も付き合いのある善くんの周りだけだと思う。



そんな心未が、



それを克服したいと口にした事は今までなかった。





「何か会社で嫌な事あった?」



その問いに微笑んだ心未はキッパリとないよ、と答えた。




「桐。私が善の事好きだったの知ってた?」



「もちろん。知ってますよ。心未が善くんにアタリ強いのは愛情の裏返しだもんね」



「…やー、それはどうか置いておいて。

そうじゃなくて。


そういう…友だち的な好きじゃなくて」



簡単すぎる問いに堂々答えたつもりだったが、若干頭を抱えた心未が僅かな気恥ずかしさを混ぜて更なるヒントを出した。


友だち的な好きじゃないとなると、私にもハッとするものがある。



「もっしかして……す、すきってその、ちゅうしたいとかのすき……!?」



「ん? まー…そう? かな……どうかな……」



心未の気恥ずかしいが伝染。私も恥ずかしい。



「や…えっ…とごめん、私もそういう好きの違いみたいなのここ最近覚えたての小鹿っていうか」


「こじか」



目が点になった後噴き出した心未はあっはっはとお腹を抱えて机を叩き始めた。


恥ずかしさの連続攻撃を受けた私は取り敢えず一旦尖る唇を治めようと注力。

やはり、恥ずかしいものは恥ずかしかった。


「まじか。もちろんそういうの抜きで好き同士なのは近くにいても凄くよく解ってたけど、全然、そういうあれとは」



「私も善に対してそういう乙女っぽいところ皆無の自覚ある。最早弟的な。あ、善も姉っぽいし(笑)」



表情をコロコロ変えて、最後に笑った心未。


きっと、今の話の“善くんに対する心未がそういうふうに見えなかった”の見方が、心未と私で違う。



そう思って、言おうとしたけど次の心未の


「それで、それをもう卒業。

したくて」



の言葉に再度「えっ!?」と声を荒げてしまった。

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