第72話

お腹の、下の辺りに気付かない内に力が入って胸がもやもやする。



自分でも何で、って思う。



何で…ただ目が合っただけなのに、私の指先は冷たくなって震え出すのか。



声が出ないのか。



しまった、と溢れ出す恐怖で腕が痺れたみたい。力が入らない。



紺色のパーカーを着ている花山院さんは座り込んだまま私を見たまま、微動だにしない。



何も、言ってこない。



恐い。


恐過ぎる。異常な威圧感。




「え…と…」




何で、外…?




もしかして、私を待っていた……とか…?




というか、いつから、そこに…




「よ、汚れ…ちゃいます…よ」




一瞬の間に選択肢を巡らせ迷った末、この選択肢を選んだ。



案の定花山院さんは何も返さない。



それどころかもうそろそろこの視線に殺されそうだ。



私も、よく声を振り絞って掛けた、がこれ以上近付くことが出来ない。恐くて。



数秒間沈黙は続いた。



花山院さんが動いたとしても、私は猛ダッシュで引き返しただろう。


何でだよ、自分の家なのに。



しょうもない妄想を膨らませた後いよいよこのまま動かないのもそれはそれで警戒心マックスで辛くなってきて、

湿った拳を力が入らないなりに握りしめた。



そうして一歩、一歩、ジリジリと近付き距離を縮めていく。





「———…」





音のない溜息を吐き出し、男は立ち上がった。

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