第63話
その気になれば私の抵抗なんてこの人の前で何の役にも立たない筈で。
赤の他人なのに、
何がここまで自分を強く紐付けているのか…
その時、引き寄せられて変化した視界の奥で、こちらを怪訝そうに見て話を交わしている他のお客さんの姿が目に入って
我に返った。
「ちょ」
ぐい、と強く胸を押して距離を取る。
眉間に皺を寄せる花山院さんに、
「だめに決まってます。仕事中…というか、西村さん!
…は、早く戻ってください、私もオフィスに戻りますからっ」と、躱して背中を押し、入って来た方へ向かって歩いた。
彼は黙ったまま押されていたが、急に振り返って。
「聞きたいこと」
その投げ掛けに一度は首を傾げたが、すぐにさっきまで頭の中で気になっていた台詞が出てきて急いで声にした。
「…『おまえは外面なんか飾らなくていい』って」
これだけ。
どういう意味か、
どうしてそんな言葉を逢って間もない私に掛けてくれたのか。
答えは見つからないままだ。
「マジで何でちゃんな、おまえ」
男はそう溜息を吐いたかと思えばいつの間にか手首を引いて歩き出す。
「んなもんそのままの意味でしかねぇだろ。
これからの一生、俺以外の他人から綺麗じゃないだの仕事が出来ないだの使えないだの言われたとして」
……うわぁ、私、それ凄く言われそう。
掴まれた手首が、熱い。
「
「……!」
——何だ、この人は。
何なのだ。
誰だというのだ。
手首が熱いのは、彼の手が熱いからか、それとも私が勝手に熱くなっているからなのか。
「(“一番”……?)」
彼は戻っている途中、やっと、そういえば煙草は、と
口が利けるようになった私に向かって、
平然と
「あぁ、家に置いてきたわ」と呟いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます