第59話

店員さん何人かが「私が」と声を零しているが構わず、私の右脹脛ふくらはぎに手を添えた彼は「それ貸して」と店員さんが抱えている一足の靴を指した。



はい、と店員さんも屈んで彼に差し出している間に私の靴を脱がす。



擽ったくて、でも何が何だか声が出なくて、何より彼のその流れるような動作がとっても綺麗で——じっと見つめてしまった。



目に映る、先の尖った大人っぽい黒のヒール。


先程まで私をサッカーボールにして蹴っていた人と同一人物とは思えない、恐らく別の花山院さんは足首を掴むでもなく、支えるようにしてそれを履かせてくれた。



そのまま差し出された手。


掴んでいいものか一瞬躊躇ったがそっと掴んで立ち上がるも慣れていなくて、見られている中恥ずかしいことにふらついてしまう。


でも、


花山院さんは離さなかった。



そうして立ち上がって、手を引いて。


「わ」


よたよた歩く。


コツコツと聴き心地の良い音が響いて、気持ちが上がる。


こんな素敵なお店にも靴にも、まさかそれを履かせてくれる花山院さんにも慣れていない私は大分挙動不審だったと思う。


「次」


それなのに、何の恥ずかしげもなく私を導いて再度座らせ、同じように靴を脱がして。



店員さんたちがほぅ…と頬を染める中今度は今の靴と比べて爪先が緩やかな曲線を描いた、丸みのある型の靴を履かせてくれた。


さっきは驚きすぎて気が付かなかったけれど中敷きまで凝ったデザインで可愛い。


今度は留め具も付いていた。



履いてみて判る、硬いイメージを覆す履き心地の良さ。



「こっちが好み?」


窺うような瞳に色々な意味で心臓が痛む。



言い淀みつつ再び手を取って立ち上がると、今度はヒールが低めなことに気付いた。



履いてきた靴程ではないけれど、地面に面した部分も増えているのか重心が安定してよろつきが減る。



「キリ」


どうか、と聞かれ、「ふかふかです…!」と答えると目を丸くされた。



その背景で店員さんたちが笑っているのが見えてハッとする。


「すみませ…」


小声で零す。殴られる覚悟をした。



「…どちらも下さい。今履いている方はこのまま履いていきます」

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