第40話

目と鼻の先の妖怪を睨んでいると天野さんに呼ばれた。



初対面にして肘鉄を喰らうという希少体験を経た五十子くんと共に、恐る恐る近付く。


更に恐ろしいことにその間妖怪はずっと目を細めて口元には僅かな笑みさえ湛えていた。それはこの人を知らない人からしたら甘い甘いものだっただろう。現に私の隣で警戒心剥き出しにしている彼は先程までかつての私がそうであったように「こんな綺麗な顔の人間居るんだ」の不思議さと惚けを併せ持った表情を浮かべていた。


今はもう過去の話だ。



「丁度良い、前坂ちゃんと五十子にも紹介するね。こちらは花山院先生」



先生、と天野さんが言い私と五十子くんが小首を傾げると、「今日からは先生ではありませんよ」と羊の皮を被ったようかいが微笑んだ。



「あ そっか。改めまして、花山院くんです。何か変な感じだね」


「はい」



ニッコリ微笑っているけれど、天野さんがいつ噛みつかれるか私は気が気じゃない。そいつは妖怪です天野さん! 精気を喰らいます!



「何故先生だったんですか?」



おお!


よく聞いてくれた五十子くん! 彼の知識欲は恐れ知らずのようだ。



「五十子は今年の新入社員だから知らないのか。花山院くんは我が社の産業医だったんだよ」



「ええ—ストレスチェックを経て面談を行う為お会いする方は多くないですが」




さ、さささ産業、医!?




衝撃の事実にひっくり返りそうになっていると隣からこそっと「前坂さんは去年会いました?」と五十子くん。



すると間髪入れず「“前坂さん”も去年お会いしてないですよね」と私以外からの返答がなされた。



「は、い」



「ストレスがなかったのかな?」



フフフ…と妖怪が笑うと天野さんが嬉しそうに声を上げた。恐ろしい。恐ろし過ぎる。




「ははは…今年は必要になりそうな気がしまーす…」



「ああ。それだったらいつでも僕に言って。新しい事業の為に編成されたとはいえ僕は前坂さんの後輩になるから。いつでも相談に乗りますよ」




何だかいつでもがやたら多くて引っ掛かるのは私だけでしょうか。




「えー! いいなぁ前坂ちゃん。花山院くんに相談すると高くつくんだよ〜普通は」




天野さん。恐らく私にも高くつきます。

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