第38話

「…………天野さん」




三つ巴になっていた私達の間に、明るく打ち上げられた声の主は天野さん。

彼は元気良く誰かの名を呼ぶと紛れもなくこちらに向かって歩いて来た。だから。


誰か、じゃない。


天野さんが今呼んだ名前は、今。

見たこともないような愛想笑いで彼を迎えているこの妖怪のものだよね……?




天野さん、今何て呼んだ?





「カサノイン…? カサノインって読むんですかこれ!」



すぐ解決してくれたナイス五十子くん。さっきから輝く眸のままだったが、妖怪改め俺様改め、『カサノイン』に肘鉄を喰らわされてギョッとした。


「ぃ、ったい〜〜!」



「っと思わず肘が出ちまった。手じゃねーから良いか」




いけしゃあしゃあと囁いているカサノイン。


天野さんも五十子くんもそう呼んだ。



この人、カサノインって苗字だったのか。漢字はどう書くのか隠されてしまったけれど…全然しっくり来ないな。



カサノイン、カサノイン、カサノイン…。


何だか不思議な感じだ。ずっと心の中では妖怪と呼んでいたからだろうか。



それにしてもこの、天野さんに向ける愛想笑いは何だ?

怖いが過ぎる。



「先生ー。びっくりしましたよ」



それに対し何の不信感も抱く様子なく話しかけている天野さん。たった今肘鉄を喰らわされた部下を見なかったのか。先生? 何じゃそりゃ。あれが先生なわけあるか! 何を教えてくれるというんだ!? おじやの作り方か!!?

美味しかったよ!!!!



その隙間を縫って五十子くんがこちらに抜け出して来た。

妖怪に取り上げられた用紙は取り返しならずらしい。



「五十子くん…大丈夫?」


「イタイデス。トテモ」


目尻には涙が浮かんでいる。



「あの人、カサノインサン? どんな漢字?」



何の疑いもなく聞いたつもりだったが、思わぬことが繋がることになる。



「花に山に、病院の院で花山院かさのいんでしたよ。珍しいですねー。僕も他人ひとのこと言えないですが」





……花山院……?



それ、何処かで……。

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