第35話

首を傾げ、あたしの髪に触れる健。



その仕草の中に、以前『新しい物に興味が湧かない』と教えてくれた理由を思い出す。





「楽しかった?飲み会」




視線をテーブルに置いたままのあたしに、彼は「どうせまた飲まされて帰ってくるんだろうとは思ってたけど」と柔らかく笑う。




「ごめん、健仕事だったのに」



「いや、俺が真実と約束してたのに急に仕事入ったんだし」




あたしはそれに返事を返さず眉を垂らし、指先を耳に触れさせて冷たい、と言う健の方を向く。



「健まで冷えちゃうからいいよ、それに、もしかしてご飯食べてないんじゃない?」




それでも触れてくる健の答えを理解して「やっぱりごはん先につくる」と残し、席を立った。






健の手から離れて振り返り、キッチン前のダイニングテーブルに視線が行きついて、止まる。




そこには、健が途中まで用意していたように思える料理が並べられていて。






健の方を振り返ったあたしに、それを分かっていたような彼が口を開く。



「飯は、作ってた。…まあ、真実が飲んで帰ってくることは予想ついたけど何となく」



「……」




そこで健が仕事を終えた後、食べずにあたしを待っていてくれたことが見えて、顔を俯かせた。




「たける、ごめん」



俯くあたしの手を引いて、再び傍のソファで今度は自分の膝に向い合せに座らせる。



「何で謝ってんの?今日バレンタインだろ。朝真実から貰ったじゃん。俺は甘いもの作れないから、飯」



「お返しはやい…」



見下ろす綺麗な顔に、頷いた後、噴きだしたような笑みが浮かぶ。



「真実から貰ったの、何あれ。あんな凄いの作れるようになったんだ?毎年美味くなってる」




普段でさえあまり見せないその笑顔には、未だに心臓に悪いものがある。

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