第76話

「初めてお会いした時は、あちらの姿だったんですね。」






息を、ゆっくりと吐く。






これ以上がない位。






「…あたしが左手を怪我して、ヒトの姿をした貴方に会って、らいおんさんはあの時もこうして手を掬ってくれましたね。」






そうやって想いを口にすると、心の中で想い出になっていた過去がまた、現状に変わって蘇る。




今、想い出を口にしているあたしは、今を生きている人間であって、想い出ではないから蘇らせることができた。






「あたしが傷を作った左手も、あたしが貴方に作ってしまった傷を拭った左手も、貴方に想われて幸せなんです。」






拙い言葉を声にして吐いて、瞼を閉じた。





でも、すぐに開いてしまった。





らいおんさんが目の前に居るこの時間が、愛おしくて惜しいと思ったから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る