第72話

そして脚立から落ち掛けたあたしを“頭”で支え、ゆっくりと地へ降ろしたのは――――




紛れもなく、獣の“ライオン”だった。






今取ってと言ったはずの短い鋏を咥えたまま、落ちたあたしを支え、その時、手から逃れた長鋏に傷付けられたのか。



「――!」



頬から紅いものが流れて。




それを目にした瞬間、身動きが取れない程の恐怖が身体中から一気に抜け出て、あたしは、そのライオンに夢中で腕を伸ばした。





「ごめんなさい――!」





血を拭い、それでも流れるものを何度も繰り返し拭って、代わりにあたしからは涙が溢れた。




「ごめんなさい。ごめん、ごめんね。」





どうしてか涙が止まらなかった。







『沙織の鼓動は、よく聞こえる』



そう言って、瞼を閉じたらいおんさんの。






『完全な人間じゃないの?』



そう問うた時、笑みをつくって浮かべたらいおんさんの。








どこを、見つめて、解ったつもりでいたのだろうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る