第84話

イマサラ、って。



どういう意味?





「そういえば竹永が今日岬さん来るって言ってたけど見ねぇなーと思ってた」




思ってた、が心の中で早速焼き付いた記憶として復唱される。



「あ」



そういうことか。




「えと……」




しどろもどろに辛うじて視線を動かすことが叶ってすぐ、彼の肩から掛けられたエナメル素材の鞄、それに掛かる手首に何個か紙袋が掛かっているのを見てしまった。



『見てしまった』って、おかしい。


まるで見たくなかったものみたいだ。知っていたくせに。渡せない方を選んだくせに。





「……育美が、部活の時梶くんが怪我したって教えてくれて、それで、遅いけど今来て」




恐らくこの先、今の思い出よりも思い出される後悔を植え付ける嘘を吐いた私が目を瞑りたい気持ちで差し出したのは、半年前から、今日渡すつもりだったものではなくて。



何時間かけるんだっていうくらいしつこくシンプルを目指してラッピングしたあの、私からの紙袋ではなくて。




ただの、素っ気ないビニール袋だった。

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