第81話
「…岬。ただぶつかっただけ。何ともない」
私をちらりと見た育美が、念を押すように口にする。
校庭の向こう、夕日はもう沈もうとしていて、私たちに最後のオレンジ色を投げかけていた。校舎に備え付けられた時計の長針が丁度真上を指して部活がそろそろ終わることを告げている。
「育美。折角一緒に来てくれたのにごめん、私、やっぱり」
「ずっと一番に渡したいって言ってたよね?渡せなくなるよ」
陽を浴びてきらきらした真っ直ぐな育美の眸を見て一瞬、そう思っていたことを考えて、それからふと力を抜いて笑む。
「うん。…けど、私が今梶くんに必要なものはコレじゃないって思う自己満足――最後まで貫く。コレじゃ怪我、治せないからいいの」
それでバカだなって私を見つめる彼女から踵を返してチョコを抱きしめたまま、今日最後のオレンジの光の中、朱く染められた地面を蹴った。
冷たい風を切って走る。
こういう時はもう何も聞こえてこない。梶くんに会うからと大事な決戦の日だからと揃えた髪が乱れたって。
誰かに間違っていると言われても。
好きなひとを好きなのはその『誰か』じゃなく自分だから。いい。
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