第80話

「梶は振り向かないでいいんだ、楽だね」



「…、っ嘘!うそです!」


「ブッ何そのキリッとした顔」


「育美~~」


「はは、ごめんごめん意地悪した。…気兼ねしないように、高級チョコレート店の紙袋まで変えるあたり岬らしいっていうか。梶のことだから気付かないのに」



「そ、――っ」




返事をしようとした、その時。


指先が反応する。



肘を押さえて倒れ込む彼の姿が、視界に飛び込んできた。今確かに何かが起こったのだ。



周囲も僅かにざわめく。けどその音は私に届かない。ザ、と揺れる木々の音だけが鼓膜に響いた。梶くんは数秒もしない内に起き上がって駆け寄ってきた仲間の部員に大丈夫だと伝える仕草を見せている。




それを見てそれに納得する周り。小さく眸を見開く私の心臓だけ、ざわめきを止めない。



手の平に、力が入った側から抜けていくような感覚。




感情が、置いてきぼり。

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