第78話

「それで高い材料揃えてレシピもずっと試行錯誤して何度も練習も繰り返したあとだったのに」




一昨日観たバレンタイン特集のテレビで『上手くもない手作り貰う方が困るし自己満足。勝手な押し付け』って誰かがいっていたの聞いて、悩んだかと思いきやすぐ材料もレシピも放り投げて高級チョコレート買いに走るとは。



育美は心の中で続けた。




「電車まで乗ってきて。何処まで行ったんだか…」




鼻の頭が紅い育美の、からかいを含めた視線を感じながら私はぐるぐる巻きに巻いたマフラーへ顔を埋める。




私が勝手に走り回った。『自己満足』がなくなるとは思っていないけど梶くんが『上手くもない手作り貰う方が困る』ことがなくなるなら、今まで考えてきた時間なんてどうでもよかった。




すき、をわたしたい。


あわよくば受け取ってほしい。




私だけじゃない。近くにいる、私と似たように彼の背を追いかけてしまっている女の子たちもきっとそう。





ズキ、と。


心臓の端っこに鈍痛が走ったためマフラーの中で息を潜めた。

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