第45話
「……」
「…わり」
じっと見つめていたら、彼は手の甲を額に当てて謝罪の言葉を口にした。
「一々…『梨句』と比べるようなこと言った」
もう、『梨句』はここにいないのに、って。
ドクン…と心臓が鳴り響く。
苦しい。吐き気がした。
――今も昔も、同じひとだから同じくらい愛せと言われたとして、どれくらいのひとがそれを正しく行えるだろう。
私たちは、一秒でさえ昔に戻ることも、未来へいくことも叶えられない。
だから、忘れる。
忘れて、前に進もうとしている。
恐らくこれが、今の私の役目。
だから、憶える。
もしかしたら、忘れてしまうために、だ。
だから、梶くん。
…梶くん。
「……梨句?」
私は、へにゃ、と下手な笑みを溢す。
「私も知らない私のこととても、とても…あの、愛してくれたんですね…」
『ごめんなさい』じゃなかった。
教えてくれてありがとうって言うべきだった。
少なくともこの時代の私が貴方といられたこと以上に幸せだと思うことはなかったと思うから。
「わたしきっと、忘れても大丈夫って思えるくらい幸せだったんですね。…自分のことだからわかります。きっと」
「っ」
ありがとう。
ありがとうございます、梶くん。
少しだけ。ちょっとだけ寂しい顔をして寄り添った彼は額に頬ずりをしてくれた。
「りく」
「は、はい」
「りく……。もうひとつ、ごめん」
「…なんでも、言ってください。大丈夫です」
私は、この私が代償を、何よりも愛しい貴方との記憶という代償を支払ってまでやってきたのがどうしてか知らない。だから。
私も、あの頃の大切なひとたちにはもう会えないこと。
何となく予感してはいた。
今は、目の前のひとの為だけにできることがしたい。
どうなっているのか、これから何が起ころうとしているのか教えてほしい。
『忘れた』私は、前に進まなければならない。
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