第35話

私の中の、目の前のひと。




毎日、幸せだった。


たったひとりの大好きなひとの記憶。





一秒どころか、一瞬も残されていない。





何度も、何度も。



私は育美に、誰の話をしていたのだろう。



今日も誰に会いに行くと言っていたのだろう。



どうして、誰に会いたくて、走って……。




会いたかった。いつもすぐ。



何よりも優先して。


誰よりも真っ先に。



きっとそう。



そうやって、会いに行っていた……筈なの。




思い浮かべて幸せな気持ちになって、明日を願って眠った。




なのに相手が誰か忘れているというより、



消去。


されていて。





「いない、…梶くん」




彼は何処にもいなかった。



まるで音のなくなった映画を観ているような気持ちだった。彼のことを話していたであろうところ、彼に会っていたであろうところ、全部全部、光が当たったように見えなくなっていて、誰に会ったのかだけ映らなくなっていて。




声は聞こえない。


口も見えない。自分が誰の名を笑って呼んでいるのか分からない。



そこには、




闇のような光だけが差していた。

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